主題;ひたすら神様と主だけに頼りなさい。
ただ神様と自分、自分とただ主
本文;サムエル記上17:41-51、創世記28:10-13、詩篇37:5-10、39:7
神様と主がお好きな人を一言で言うと、ひたすら神様だけに頼り、その全知全能さを信じてあげて行なう人です。そしてひたすらイエス様だけに頼り、絶対に信じ、一体となって生きる人です。このような人がお好きだし、その人の願う夢を成して下さいます。
人に頼る人は、神様を怒らせ、神様から遠い人です。人に頼ると神様に頼ることが遠くなり、主に頼ることが遠くなります。ひたすら神様と自分、自分と主です。ここに人が加わっていてはいけません。人々は、神様も見えないし主も見えないから、まず見える人々に頼るようになります。
ダビデはペリシテの将軍ゴリアテと戦ったとき、「お前は槍と剣に頼っているが、私は神様だけに頼る。」と言いました。ひたすら戦争は神様に属しているし、勝利は神様が持っていらっしゃいます。だからダビデは武器にも力にもどんなものにも頼らず、ひたすら神様だけに頼ったので、取るに足りない石投げの石5個でも戦って勝ちました。
ダビデのように神様と主だけに頼って生きなさいと主は今日仰っています。ペリシテは結局滅亡してしまいました。このような信仰人が必要です。ひたすら主だけに頼り、福音と愛で善の戦いをしながら、人生と生活の順理的な戦いをする人が結局勝利します。
マタイによる福音書8:5-13を見ると、イエス様の前に、ある百卒長が立って切に求め、「私のしもべが病にかかりました。イエス様だけを信じて頼ります。」と言いました。これにイエス様が「あなたの言葉通りに治るだろう。」と言うと、その言葉通りに癒されました。
ギデオンの300人の勇士も、人に頼って打ち勝ったと言うかと思って、数万人の中から300人だけを選んで13万5千人(士師記8:10-12)と戦って勝たせました。だから本当に神様が一緒に戦って勝利したと聖書の歴史に記録させ、代々語らせました。これを見たり聞いたりする人は誰でも果たして「神様が共にして勝った」と信じるようにしたのです。
主もひたすら主だけに頼り、愛して生きる人を「ふさわしい」と言って一番お喜びになり、その人の願う物をお見せになり、お助けになり、その夢が成されるようにしてくれます。
この時代にもそうでなくてはいけません。ひたすら神様だけに頼り、主だけに頼り、聖霊の感動を受けて生きる時、神様が共にし、その人の願うことを成させてくれます。ひたすら神様と主だけに頼る人が一番お好きです。ひたすらその方だけを愛する人が一番お好きです。
いくら肩書きを持っていても、人は神ではないので、皆限界があるし、足りません。人間は人間たちの願いを成してあげることはできないし、願いがかなうこともありません。人に頼ると結局後悔することになります。人は人の願いの種になることはできません。
自分の思いどおりに生きて結局限界にぶつかり、その時になってやっと神様を求め、主を求めて呼びます。これが人性に流れる信仰人たちの結末です。最初から最後までひたすら神様、ひたすら主、であってこそ、神性を持った完全な信仰人です。完全でない道は行っても絶壁であり、死の罠に至ります。結局そこに落ちることになるから、戻って来てしまいます。
神様と主が私たちの前に全てのことを備えておかれたから、完全に生きなくてはいけません。完全な生き方だけが安全な生き方です。
元記事はこちらです
http://cgm.or.kr/
ただ神様と自分、自分とただ主
本文;サムエル記上17:41-51、創世記28:10-13、詩篇37:5-10、39:7
神様と主がお好きな人を一言で言うと、ひたすら神様だけに頼り、その全知全能さを信じてあげて行なう人です。そしてひたすらイエス様だけに頼り、絶対に信じ、一体となって生きる人です。このような人がお好きだし、その人の願う夢を成して下さいます。
人に頼る人は、神様を怒らせ、神様から遠い人です。人に頼ると神様に頼ることが遠くなり、主に頼ることが遠くなります。ひたすら神様と自分、自分と主です。ここに人が加わっていてはいけません。人々は、神様も見えないし主も見えないから、まず見える人々に頼るようになります。
ダビデはペリシテの将軍ゴリアテと戦ったとき、「お前は槍と剣に頼っているが、私は神様だけに頼る。」と言いました。ひたすら戦争は神様に属しているし、勝利は神様が持っていらっしゃいます。だからダビデは武器にも力にもどんなものにも頼らず、ひたすら神様だけに頼ったので、取るに足りない石投げの石5個でも戦って勝ちました。
ダビデのように神様と主だけに頼って生きなさいと主は今日仰っています。ペリシテは結局滅亡してしまいました。このような信仰人が必要です。ひたすら主だけに頼り、福音と愛で善の戦いをしながら、人生と生活の順理的な戦いをする人が結局勝利します。
マタイによる福音書8:5-13を見ると、イエス様の前に、ある百卒長が立って切に求め、「私のしもべが病にかかりました。イエス様だけを信じて頼ります。」と言いました。これにイエス様が「あなたの言葉通りに治るだろう。」と言うと、その言葉通りに癒されました。
ギデオンの300人の勇士も、人に頼って打ち勝ったと言うかと思って、数万人の中から300人だけを選んで13万5千人(士師記8:10-12)と戦って勝たせました。だから本当に神様が一緒に戦って勝利したと聖書の歴史に記録させ、代々語らせました。これを見たり聞いたりする人は誰でも果たして「神様が共にして勝った」と信じるようにしたのです。
主もひたすら主だけに頼り、愛して生きる人を「ふさわしい」と言って一番お喜びになり、その人の願う物をお見せになり、お助けになり、その夢が成されるようにしてくれます。
この時代にもそうでなくてはいけません。ひたすら神様だけに頼り、主だけに頼り、聖霊の感動を受けて生きる時、神様が共にし、その人の願うことを成させてくれます。ひたすら神様と主だけに頼る人が一番お好きです。ひたすらその方だけを愛する人が一番お好きです。
いくら肩書きを持っていても、人は神ではないので、皆限界があるし、足りません。人間は人間たちの願いを成してあげることはできないし、願いがかなうこともありません。人に頼ると結局後悔することになります。人は人の願いの種になることはできません。
自分の思いどおりに生きて結局限界にぶつかり、その時になってやっと神様を求め、主を求めて呼びます。これが人性に流れる信仰人たちの結末です。最初から最後までひたすら神様、ひたすら主、であってこそ、神性を持った完全な信仰人です。完全でない道は行っても絶壁であり、死の罠に至ります。結局そこに落ちることになるから、戻って来てしまいます。
神様と主が私たちの前に全てのことを備えておかれたから、完全に生きなくてはいけません。完全な生き方だけが安全な生き方です。
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企画記事:テアンを行く
奉仕は主の教えを行いで証することのできる貴重な実践
黒い岩のような色の水を吐き出すテアン・モハンの砂礫地。CGM(摂理)奉仕団が昨年12月25日から奉仕活動を始めたテアンの悲劇的な現場を訪問した。防波堤は満潮時、海水が吐き出した真っ黒な油の塊に浸かっていた。人々の手が届かなかった所々の痕跡を通して、事故発生当時の悲惨さを推し量ることができた。
「人間の過失による人災でした。しかし同時に天災だとも言えます。」そこに常駐し、奉仕活動を導いているチョ・ナミョンCGM奉仕団団長の言葉だ。人間の過失によって流出した油は政府当局が当初予想していたよりはるかに速い速度で海流に乗って広がっていった。
12月、西海(黄海)は年末の浮き立つ雰囲気の中に祝祭準備の真っ最中だった。西海岸の開発が始まって西海岸はコンドやペンションが帯を成し、年末を迎えて書き入れ時の準備をするのに西海岸はせわしかった。しかし12月7日、青い海は油槽船が吐き出す黒い涙で真っ黒に変わっていった。CGM奉仕団は、下半期の御言葉修了式があった22日以降、25日からテアン半島を支援するための奉仕活動に参加した。
「年末の裁きについての御言葉がしきりに出ていた時だったので、テアン事件について人災か天災かという話をよくしていました。しかし国家災難地域を助けなさいという先生の御言葉に従って奉仕活動に参加することに決定しました。」CGM奉仕団が活動しているここモハンは流出地域から3.5km離れたところに位置し、砂浜がある別の西海に比べて砂礫地と岩で成されていて難コースとして有名だ。「最初ここに着いたときは海岸に近づける道さえありませんでした。空輸部隊とフォークレーンが動員されて道を造り、そこに私たちが配置されました。若い人たちが多いという話を聞いて、テアン郡から特別に私たちにお願いされたんです。」黒い原油で覆われた岩と砂利が広がった海岸を見渡しながらCGM奉仕団長は語った。
「CGM奉仕団は毎日100余名ずつここに来て奉仕活動をしてくれています。最後の作業まですっきりとやってくれているので、今日の奉仕者たちのリーダーとしての役割を十分果たして下さることを期待しています。」郡庁職員の声が拡声器を通して朗々と響いた。奉仕活動を終えてここを離れる大部分の奉仕者たちは自分たちが使った後の手袋や長靴を含む物品を適当に放ったまま帰るのが常だ。CGM奉仕団はそのように放って帰った物品を整理し始めた。ここでCGMは最も大きな規模の奉仕団ではない。しかしたゆまず最後までやる姿を見てここの住民たちと政府はCGMをここの「奉仕団のリーダー」と呼ぶのをためらわない。「一日にも数千人の奉仕者たちが来て帰ると捨てられた防除服と長靴が山を成します。公務員たちの人数も少ないし、当初は地域住民たちの協力もほとんどなくて、後始末の整理を私たちがし始めました。今は『2000人の奉仕者が来たからCGMの100人がリーダーになって下さい』とお願いされたりもします。」チョ・ナミョン団長の言葉だ。
ここにはCGM奉仕団を含めてキリスト教連合奉仕団とカトリック、円仏教等様々な宗教団体から支援の手を送って来ている。社会的な認識を変えるにあたって奉仕活動の役割は大きい。そのためここの円仏教を含めて様々な宗教団体が救護活動に参加してその活動事項を対外的に知らせる広報活動に積極的だ。「円仏教の場合、仏教やキリスト教から宗教的には偏見と少数者の位置にありますが、奉仕活動に積極的だと評価するので政府側からも住民たちからも認識がよいです。社会的な偏見と誤解から摂理を正しく知らせるのに奉仕活動がどんな役割を果たせるのか、そして先生が奉仕の条件を立てて下さいと仰った御言葉の意味を悟るようになりました。」CGM奉仕団長は、隣人のために生きていく奉仕の生活が主の教えを行いで証することのできる貴重な実践であることを重ねて強調した。奉仕活動に通った摂理の家族たちにもインターネットを通して映像や文章で後日の記録を残して摂理を証するところに助けになって下さいという依頼も付け加えた。(ネイバーカフェ「テアン半島を助けましょう」を活用)
神様が創造なさった万物がきれいになることを願う心で油気で染みがついた岩をしきりに磨いていく中高等部のメンバーにそーっと近づいて行った。「先生が、岩は神様を象徴すると仰ったのに、岩が黒い油で覆われているから、すごく心が痛みます。人々が間違って神様の心がこんなふうに真っ黒に腐っているんじゃないかと思うとすごく申し訳ないです。」マスクと帽子でしっかりと包んで顔さえ見分けにくい幼い少女の声は細かく震えた。きつい油の臭いで頭がずきずきし、目がちくちく痛かったが、問題ではなかった。岩を拭いている幼い手の動きに、神様に対する申し訳なさと神様の傷を覆って差し上げたいという切実さがこもっていた。「今でさえ5m前が見えないくらいに霧がひどいです。作業ができるかもはっきりしない状況だったでしょう。でも朝、嘘のように霧が晴れたんです。ここに来た中高等部たちの熱気を見ると理由が大体分かるでしょう。」
三々五々、頭を突き合わせて油でまみれた岩と砂利を拭いていた時、携帯電話から流れてくる音楽が聞こえた。「無条件」だ。岩を取り囲んで一群のCGMが携帯電話で「無条件」をかけてダンスを踊るように岩を拭いて天に栄光を帰す姿をとらえた。伴奏の音は小さかったが、讃美の声は決して波の音に負けていなかった。人の手でなければできない仕事。防除業者を動員したりもしたが、効果はなかった。人の手が一つ一つ集まってやるしかない仕事だ。砂利一つ一つを両手で覆って人間の足りなさを懺悔するかのように拭くしかないのがここテアンだ。「何箇所かは外からはきれいに見えますが、シャベルで土をすくうと油がまた湧き出ます。岩と砂利も布では拭けない隙間の中の油がたまっていて金串で掻き出さなくてはいけません。」CGM団長の言葉だ。なんともなく見えていた砂浜もシャベルで掘ってみると黒い油が染み込んでいて吸着布で拭かなくてはならなかった。天の前に私たちの清さはどんな姿であるべきか。作業は長く続けられなかった。2時半くらいになると水が入って来るからだ。与えられた時間は満潮になる前まで。その時を守って勤しんで真っ黒な油を拭かなくてはならない。海水は待ってくれず、時になると違わず押し寄せて来た。
「西海岸の37個の作業場の中でここモハンが一番組織的で秩序正しく防除作業が進んでいます。雲のように集まって来るボランティアたちのおかげで住民たちも積極的に参加しています。最初は住民と郡庁の間に意見の対立があって住民たちの反発がひどかったのです。しかしこのようにCGM以下多くの奉仕団が全心で助けてくださる姿を見て奉仕者たちの世話は私たちがしなければと言って住民たちも一つになって積極的に参加されています。特にCGM奉仕団は一度で終わらず続々と来て下さって、どれほど感謝したか分かりません。若い学生たちの姿を見ながら、まだ私たちの国の未来は明るいなあと思うようになりました。このような学生たちは花のようにきれいですね。感謝しています。」テアン郡庁の福祉課長カ・チャンヒョン氏の言葉だ。今は油が凍っているが、春になると油が溶けて流れてくるので、奉仕活動を夏休みまで続けなくてはいけないようだと言って、CGM奉仕団の助けを要請した。そこでCGM奉仕団長は、既に当初の日程を延ばして今後も活動を続けることに決定したと答えた。
西海岸の30余箇所が黒い油の爆撃で蚕食されている時、CGM奉仕団が奉仕活動をしているモハンから自動車で15分離れた距離にある「モンサンポ」は無事だった。「海流の影響で水流が傾いて、先生が西海岸の満ち潮を止めた奇跡を見せられた「モンサンポ」は全く被害を被りませんでした。」事件が起こる以前と同じくモンサンポは以前の清い清浄な姿そのままだと団長は語った。奉仕活動を終えた後、モンサンポに立ち寄った摂理のメンバーたちは、そこで神様の働かれたことを目で確認し、驚きと畏敬の念を隠せなかったと言う。
ここモハンでの奉仕活動は今後も続けられる。現在までに来た摂理のメンバーは3000人余り。その中に新入生が400人くらいを占めている。国家と民族は「大きな私」だと仰り、民族の困難のために祈って自ら実践なさった先生。CGM奉仕団は先生の思想にしたがって、岩一つ、石一つを拭きながら民族の痛みを癒して下さることを天の前に祈りながら実践した。そして今後も犠牲と愛の奉仕を通して天を証し、世の中に向かって出て行くだろう。
イ・ジョンファ記者
摂理の月刊誌「チョウンソリ」2008年1-2月号より
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奉仕は主の教えを行いで証することのできる貴重な実践
黒い岩のような色の水を吐き出すテアン・モハンの砂礫地。CGM(摂理)奉仕団が昨年12月25日から奉仕活動を始めたテアンの悲劇的な現場を訪問した。防波堤は満潮時、海水が吐き出した真っ黒な油の塊に浸かっていた。人々の手が届かなかった所々の痕跡を通して、事故発生当時の悲惨さを推し量ることができた。
「人間の過失による人災でした。しかし同時に天災だとも言えます。」そこに常駐し、奉仕活動を導いているチョ・ナミョンCGM奉仕団団長の言葉だ。人間の過失によって流出した油は政府当局が当初予想していたよりはるかに速い速度で海流に乗って広がっていった。
12月、西海(黄海)は年末の浮き立つ雰囲気の中に祝祭準備の真っ最中だった。西海岸の開発が始まって西海岸はコンドやペンションが帯を成し、年末を迎えて書き入れ時の準備をするのに西海岸はせわしかった。しかし12月7日、青い海は油槽船が吐き出す黒い涙で真っ黒に変わっていった。CGM奉仕団は、下半期の御言葉修了式があった22日以降、25日からテアン半島を支援するための奉仕活動に参加した。
「年末の裁きについての御言葉がしきりに出ていた時だったので、テアン事件について人災か天災かという話をよくしていました。しかし国家災難地域を助けなさいという先生の御言葉に従って奉仕活動に参加することに決定しました。」CGM奉仕団が活動しているここモハンは流出地域から3.5km離れたところに位置し、砂浜がある別の西海に比べて砂礫地と岩で成されていて難コースとして有名だ。「最初ここに着いたときは海岸に近づける道さえありませんでした。空輸部隊とフォークレーンが動員されて道を造り、そこに私たちが配置されました。若い人たちが多いという話を聞いて、テアン郡から特別に私たちにお願いされたんです。」黒い原油で覆われた岩と砂利が広がった海岸を見渡しながらCGM奉仕団長は語った。
「CGM奉仕団は毎日100余名ずつここに来て奉仕活動をしてくれています。最後の作業まですっきりとやってくれているので、今日の奉仕者たちのリーダーとしての役割を十分果たして下さることを期待しています。」郡庁職員の声が拡声器を通して朗々と響いた。奉仕活動を終えてここを離れる大部分の奉仕者たちは自分たちが使った後の手袋や長靴を含む物品を適当に放ったまま帰るのが常だ。CGM奉仕団はそのように放って帰った物品を整理し始めた。ここでCGMは最も大きな規模の奉仕団ではない。しかしたゆまず最後までやる姿を見てここの住民たちと政府はCGMをここの「奉仕団のリーダー」と呼ぶのをためらわない。「一日にも数千人の奉仕者たちが来て帰ると捨てられた防除服と長靴が山を成します。公務員たちの人数も少ないし、当初は地域住民たちの協力もほとんどなくて、後始末の整理を私たちがし始めました。今は『2000人の奉仕者が来たからCGMの100人がリーダーになって下さい』とお願いされたりもします。」チョ・ナミョン団長の言葉だ。
ここにはCGM奉仕団を含めてキリスト教連合奉仕団とカトリック、円仏教等様々な宗教団体から支援の手を送って来ている。社会的な認識を変えるにあたって奉仕活動の役割は大きい。そのためここの円仏教を含めて様々な宗教団体が救護活動に参加してその活動事項を対外的に知らせる広報活動に積極的だ。「円仏教の場合、仏教やキリスト教から宗教的には偏見と少数者の位置にありますが、奉仕活動に積極的だと評価するので政府側からも住民たちからも認識がよいです。社会的な偏見と誤解から摂理を正しく知らせるのに奉仕活動がどんな役割を果たせるのか、そして先生が奉仕の条件を立てて下さいと仰った御言葉の意味を悟るようになりました。」CGM奉仕団長は、隣人のために生きていく奉仕の生活が主の教えを行いで証することのできる貴重な実践であることを重ねて強調した。奉仕活動に通った摂理の家族たちにもインターネットを通して映像や文章で後日の記録を残して摂理を証するところに助けになって下さいという依頼も付け加えた。(ネイバーカフェ「テアン半島を助けましょう」を活用)
神様が創造なさった万物がきれいになることを願う心で油気で染みがついた岩をしきりに磨いていく中高等部のメンバーにそーっと近づいて行った。「先生が、岩は神様を象徴すると仰ったのに、岩が黒い油で覆われているから、すごく心が痛みます。人々が間違って神様の心がこんなふうに真っ黒に腐っているんじゃないかと思うとすごく申し訳ないです。」マスクと帽子でしっかりと包んで顔さえ見分けにくい幼い少女の声は細かく震えた。きつい油の臭いで頭がずきずきし、目がちくちく痛かったが、問題ではなかった。岩を拭いている幼い手の動きに、神様に対する申し訳なさと神様の傷を覆って差し上げたいという切実さがこもっていた。「今でさえ5m前が見えないくらいに霧がひどいです。作業ができるかもはっきりしない状況だったでしょう。でも朝、嘘のように霧が晴れたんです。ここに来た中高等部たちの熱気を見ると理由が大体分かるでしょう。」
三々五々、頭を突き合わせて油でまみれた岩と砂利を拭いていた時、携帯電話から流れてくる音楽が聞こえた。「無条件」だ。岩を取り囲んで一群のCGMが携帯電話で「無条件」をかけてダンスを踊るように岩を拭いて天に栄光を帰す姿をとらえた。伴奏の音は小さかったが、讃美の声は決して波の音に負けていなかった。人の手でなければできない仕事。防除業者を動員したりもしたが、効果はなかった。人の手が一つ一つ集まってやるしかない仕事だ。砂利一つ一つを両手で覆って人間の足りなさを懺悔するかのように拭くしかないのがここテアンだ。「何箇所かは外からはきれいに見えますが、シャベルで土をすくうと油がまた湧き出ます。岩と砂利も布では拭けない隙間の中の油がたまっていて金串で掻き出さなくてはいけません。」CGM団長の言葉だ。なんともなく見えていた砂浜もシャベルで掘ってみると黒い油が染み込んでいて吸着布で拭かなくてはならなかった。天の前に私たちの清さはどんな姿であるべきか。作業は長く続けられなかった。2時半くらいになると水が入って来るからだ。与えられた時間は満潮になる前まで。その時を守って勤しんで真っ黒な油を拭かなくてはならない。海水は待ってくれず、時になると違わず押し寄せて来た。
「西海岸の37個の作業場の中でここモハンが一番組織的で秩序正しく防除作業が進んでいます。雲のように集まって来るボランティアたちのおかげで住民たちも積極的に参加しています。最初は住民と郡庁の間に意見の対立があって住民たちの反発がひどかったのです。しかしこのようにCGM以下多くの奉仕団が全心で助けてくださる姿を見て奉仕者たちの世話は私たちがしなければと言って住民たちも一つになって積極的に参加されています。特にCGM奉仕団は一度で終わらず続々と来て下さって、どれほど感謝したか分かりません。若い学生たちの姿を見ながら、まだ私たちの国の未来は明るいなあと思うようになりました。このような学生たちは花のようにきれいですね。感謝しています。」テアン郡庁の福祉課長カ・チャンヒョン氏の言葉だ。今は油が凍っているが、春になると油が溶けて流れてくるので、奉仕活動を夏休みまで続けなくてはいけないようだと言って、CGM奉仕団の助けを要請した。そこでCGM奉仕団長は、既に当初の日程を延ばして今後も活動を続けることに決定したと答えた。
西海岸の30余箇所が黒い油の爆撃で蚕食されている時、CGM奉仕団が奉仕活動をしているモハンから自動車で15分離れた距離にある「モンサンポ」は無事だった。「海流の影響で水流が傾いて、先生が西海岸の満ち潮を止めた奇跡を見せられた「モンサンポ」は全く被害を被りませんでした。」事件が起こる以前と同じくモンサンポは以前の清い清浄な姿そのままだと団長は語った。奉仕活動を終えた後、モンサンポに立ち寄った摂理のメンバーたちは、そこで神様の働かれたことを目で確認し、驚きと畏敬の念を隠せなかったと言う。
ここモハンでの奉仕活動は今後も続けられる。現在までに来た摂理のメンバーは3000人余り。その中に新入生が400人くらいを占めている。国家と民族は「大きな私」だと仰り、民族の困難のために祈って自ら実践なさった先生。CGM奉仕団は先生の思想にしたがって、岩一つ、石一つを拭きながら民族の痛みを癒して下さることを天の前に祈りながら実践した。そして今後も犠牲と愛の奉仕を通して天を証し、世の中に向かって出て行くだろう。
イ・ジョンファ記者
摂理の月刊誌「チョウンソリ」2008年1-2月号よりこの記事は、こちらのサイトでも読めます。http://cgm.or.kr/
主題;全てのことを備えておいた
本文;マタイによる福音書6:30−32
イザヤ書34:16に「あなたは主の書をつまびらかにたずねてこれを読め。」と仰った御言葉を、どの聖句よりも心に刻んでおいて、聖書を詳しく読みました。十回普通に読んだより、一回詳しく読んだほうがもっと感動があり、理解でき、今日の本文の御言葉もより深く知るようになりました。だから皆さんも聖書を読む時、詳しく読んで、より深い理解をして、恵みと感動を大きく受けることを願います。
「私の将来はどうなるのか。」という疑問を抱いて聖書を詳しく読めば、読みながら答えを悟ります。聖書を通して神様も主も答えを下さるからです。将来だけでなく、ある問題についての疑問を心に抱いて聖書を読む時、神様に答えを下さいと言って読めば、聖書の本文の内容から「これと同じくこうなる」と確信が来て、必ず答えを得るようになります。なぜなら、聖書は命の御言葉であり、神様の教訓と感動の御言葉であり、預言者たちと使徒たちと主が語られた偉大な御言葉だからです。だから正しく悟って行なえば、偉大な人生になります。
神様がある日、「神様と主のためにあなたは今、現実に何を準備しておいたし、未来に何を準備しておいたのか。」と私にお尋ねになりました。皆さんはどうですか。神様と主のためにどんなことをしてあげようと思って生きてきましたか、そうでなければいつも神様と主にして下さいとばかり言って生きてきましたか。
私はこの問いに、既にそれまで祈りながらどのようにしますと言ったことを再び話しました。また神様と主がその時その時させる通りに、願われる通りにしてあげますと答えました。そして、大変だけどもがいてこの体をもっと丈夫につくり、霊と肉をもっと健康につくって、多くの命を神様のところに帰って来させ、主に仕え、主を敬って生きるようにさせ、天の新婦たちになるように計画していると言いました。
主は、その通りになることを願うと仰り、そのために神様も主もさらに共にして下さると言いました。皆さんも神様と主のために計画し、希望をもってやったことがあるなら、それがうまくいくように祝福し、共にして下さると言いました。しかし自分のためのことと、自分を中心とした計画は、神様と主と特に関係がないから、バベルの塔のように壊してなくすと言いました。
天を愛して変わらなければ、神様が時に合わせて、現実において下さるように、未来にも下さるから、喜びを持って、忠誠を尽くさなくてはいけません。だから今のところのことが少しうまくいかないからと言って落胆せず、天の前に忠誠を尽くし、熱心にやるべきです。
元記事はこちらです
http://cgm.or.kr/
本文;マタイによる福音書6:30−32
イザヤ書34:16に「あなたは主の書をつまびらかにたずねてこれを読め。」と仰った御言葉を、どの聖句よりも心に刻んでおいて、聖書を詳しく読みました。十回普通に読んだより、一回詳しく読んだほうがもっと感動があり、理解でき、今日の本文の御言葉もより深く知るようになりました。だから皆さんも聖書を読む時、詳しく読んで、より深い理解をして、恵みと感動を大きく受けることを願います。
「私の将来はどうなるのか。」という疑問を抱いて聖書を詳しく読めば、読みながら答えを悟ります。聖書を通して神様も主も答えを下さるからです。将来だけでなく、ある問題についての疑問を心に抱いて聖書を読む時、神様に答えを下さいと言って読めば、聖書の本文の内容から「これと同じくこうなる」と確信が来て、必ず答えを得るようになります。なぜなら、聖書は命の御言葉であり、神様の教訓と感動の御言葉であり、預言者たちと使徒たちと主が語られた偉大な御言葉だからです。だから正しく悟って行なえば、偉大な人生になります。
神様がある日、「神様と主のためにあなたは今、現実に何を準備しておいたし、未来に何を準備しておいたのか。」と私にお尋ねになりました。皆さんはどうですか。神様と主のためにどんなことをしてあげようと思って生きてきましたか、そうでなければいつも神様と主にして下さいとばかり言って生きてきましたか。
私はこの問いに、既にそれまで祈りながらどのようにしますと言ったことを再び話しました。また神様と主がその時その時させる通りに、願われる通りにしてあげますと答えました。そして、大変だけどもがいてこの体をもっと丈夫につくり、霊と肉をもっと健康につくって、多くの命を神様のところに帰って来させ、主に仕え、主を敬って生きるようにさせ、天の新婦たちになるように計画していると言いました。
主は、その通りになることを願うと仰り、そのために神様も主もさらに共にして下さると言いました。皆さんも神様と主のために計画し、希望をもってやったことがあるなら、それがうまくいくように祝福し、共にして下さると言いました。しかし自分のためのことと、自分を中心とした計画は、神様と主と特に関係がないから、バベルの塔のように壊してなくすと言いました。
天を愛して変わらなければ、神様が時に合わせて、現実において下さるように、未来にも下さるから、喜びを持って、忠誠を尽くさなくてはいけません。だから今のところのことが少しうまくいかないからと言って落胆せず、天の前に忠誠を尽くし、熱心にやるべきです。
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まず両親を伝道して下さった神様と「救いの御言葉」を執筆して下さった先生に感謝の心を伝えます。
以前、先生が「天国に行く時、両親は必ず一緒に行くべきだ」と仰っていた御言葉がいつも気にかかっていた。摂理に来てから14年間、熱心に摂理を走ってきたと思ったが、命をかけて祈って両親の伝道を試みることができなかったということが非常に後悔された。2006年春!父が突然、肝臓ガンと診断され、初めて手術をした日、手術室の外の待機室で、震える心で祈っていると、いきなり電話がかかってきた。とても信じられない奇跡のような電話!夢に描いていた声、先生だった。牧会の発令のために下さった電話だった。父の手術の報告をすることはできなかったが、イエス様の衿に触れただけで病気が治った女の心情とはこんなだったのだろうか。既に主が共になさっているということを実感した。手術がうまくいって1年間、病気の影響もなく元気に過ごすことができた。普通は3ヶ月か6ヶ月目に再手術をしなくてはいけないので、感謝するばかりだった。
父のガン宣告以後、両親の伝道についての深刻さを悟り、深い祈りに入った。
教会は一度も行ったことがないのに、果たして信仰の不毛の地に燭台を立てることができるだろうか。
一年が流れた後、2007年は「伝道と教育の年」を宣布なさったので、必ず伝道をしなくてはと誓って、家に帰って御言葉を伝えてみようと思った。教職生活をしていた母は、1人の教え子を通して毎年悪評する電話を受けている状況だったし、またもともと宗教には特に関心がない人たちに30個論を伝えようとするから途方に暮れた。
お祈りが足りなかったからだろうと思って再び戻って来てお祈りをしていた時、ふと「救いの御言葉」を読めば心が動きそうだという霊感が浮かんだ。
「救いの御言葉」は一般の本ではない、人間の救いが左右される御言葉だから、この本を読んで信じて行なう人は誰でも時代の天国を成し、救われると仰っていた御言葉が思い出された。
「そうだ、誰でもこの本さえ読めば救われるといったから、まず本を薦めてみなくては」という考えが浮かんだ。家に帰ってわざと本を置いて来ると、数日後に母から電話がかかってきた。「あんた、どうして本を置いて行ったの?」「はい、私は全部読んだから、お母さん読んでみて下さい〜」「私がこの本を全部読んで感想を話してあげる。」序文だけ読んだところ、何か大きな感銘を受けたのか、その一言の約束と共に、そのように始まった「救いの御言葉」との縁が驚くべきしるしの歴史を起こした。
「救いの御言葉」1巻を読んだ時と2巻、3巻を読んだ時の反応は驚くものだった。まず呼び方が違っていた。お名前を呼んでいたのが、総裁から先生へと変わった。
「この時代が新婦の時代なら、神様をお父さんと呼ばずになんと呼ぶの?」
本を読んでいきながら聖書の歴史を旧約から突っ込んだ質問と反応。3巻を読んだときは電話をしてすぐ「先生が本当に理解できない。あなたたちの先生はどうしてそうだと言うの?」という脈絡のない質問に「あっ!悪評を聞いたのかな?」と瞬間緊張した。
理由はどうして人間がご飯を食べずに飢えて70日間お祈りをすることができるのかということだ。そのように生きられた先生を理解できないと言ったのだ。その文章を読んでからパンを食べていると、このパンなら先生は一ヶ月は召し上がっただろうと思って心が痛かったと言った。
そのように「救いの御言葉」を全部読んで、他の本も送ってくれと言うので説教集「命の御言葉」を送り、「私だけが歩んで来たその道」まで読んだ状態で、報道が出た。放送をそのまま信じる家族に母は「あんたたち見たの?」人々が妬み、嫉妬してそんなことを言っているのだと言い、本を読んでみれば全部神様とイエス様の話だけだし、こんなに神様をよく信じる人は見たことがないと言い、あまりにすばらしいから嫉妬しているのだと、きっぱりと話をしたということだ。
更に驚くことは、その放送を見た日から、一度もお祈りというものをしたことがなかった母が、この御言葉を全地球村の人々が皆聞いて先生を誤解しないようにして下さいと祈り始めたのだ。
本当に心の中にとめどない涙が流れた。「主の御言葉がこのように成されるんだ。」「救いの御言葉」を霊界に入って劇的に執筆なさり、読みさえすれば皆救われると仰った御言葉をより切実に悟るようになった。
その後、死ぬまでは教会に行かないと言う父を説得して御言葉を聞かせ、父も12月8日、光州の伝道集会の時、デジタル講師チームの「ブルー・オーシャンとゲートキーピング」を聞いて先生の立場を理解するようになった。
その日の夕方に帰って来て母に、放送も見て悪評もたくさん聞いたけれど、今日説明を聞いてどうだったかという質問をすると、「本が大きいみたい。本以上のものがないよ。」と言った。どんな弟子の証も先生を証するには「救いの御言葉」には及ばないという反応を見せる母の前で頭が下がった。
本の中で既に歴史に出会った母を見ながら弟子としては恥ずかしかったが、摂理のビジョンと千年歴史を花咲かせる神様の救いがこのように進められるんだなあと悟るようになった。
主が下さった家庭の救いの黄金の鍵「救いの御言葉」によって一番伝道したかった両親を奇跡的に伝道するようになった。
修了式のとき、まるっきり違う教会文化に驚きそうなものなのに、「本当に、総裁がかっこいい。感覚が人より優れてるね。」指揮を見ては「あんな指揮は生まれて初めて見た。世界的な指揮者チョン・ミョンフンよりもっとお上手だ。」と先生に惚れこんだ両親は幸せそうな笑顔を浮かべた。
先生が「救いの御言葉」によって伝道して下さり、先生の指揮と歌で管理して下さったので、やはり先生は伝道王であり、命の恩人だ。
修了式の前に両親のために40日の条件のお祈りを捧げて終わった翌日、明け方に夢を見たが、先生が月明洞で弟子たちと共に木を植えていらっしゃった。一対の木を植えられて「同態の木」だと仰り、私たち摂理のメンバーたちの両親を象徴していると仰った。それから私を見て仰る言葉が「あなたのご両親の同態の木はよく育っている?」と言う瞬間、昔かららくだ岩の近くに私の両親の同態の木がいつのまにか植えられていたのを見つけて「はい〜」と答えて夢から覚めた。たとえ夢の中であっても既に先生が両親が伝道されるように前もってお祈りもしておいて歴史を広げられたんだということを悟ってとめどなく感謝の涙を流した。
最近悪評する放送を見て「あらまあ、放送で総裁をあんなふうに言うなんて。『救いの御言葉』を読んだらあんなに神様をよく信じる方は地球上に誰もいないのに・・・なんであんなふうに言うのか。お祈りも熱心にして、ちょっとなんとかしてよ」と言うので、帰国された先生が、神様がなさることであり、誰か十字架を負わなくてはいけないなら私が負うべきじゃないか。私が行くべき道を防ごうとするな。その道を必ず行くつもりだ、と仰ったのだと伝えてあげた。すると「それではだめでしょ。なんでその道を行かれないといけないの。あんなに神様をよく信じた方がそれではだめだ」と言い、本当にひどく嘆き悲しむ母を見ながら、既にこの時代の救いの道を共に歩んでいることに、神様に感謝した。
個人的ないきさつを通して、摂理国の全てのご両親が伝道されることは予定されているということを申し上げたく、今年、両親の伝道の歴史が広がり、主の御心が成されることを願う。
文:チェ・ソンジ(ソウル・ヘッピッ(陽光)教会教役者)
摂理の月刊誌「チョウンソリ」2008年1−2月号より
この記事はこちらのサイトで読めます。http://cgm.or.kr/
以前、先生が「天国に行く時、両親は必ず一緒に行くべきだ」と仰っていた御言葉がいつも気にかかっていた。摂理に来てから14年間、熱心に摂理を走ってきたと思ったが、命をかけて祈って両親の伝道を試みることができなかったということが非常に後悔された。2006年春!父が突然、肝臓ガンと診断され、初めて手術をした日、手術室の外の待機室で、震える心で祈っていると、いきなり電話がかかってきた。とても信じられない奇跡のような電話!夢に描いていた声、先生だった。牧会の発令のために下さった電話だった。父の手術の報告をすることはできなかったが、イエス様の衿に触れただけで病気が治った女の心情とはこんなだったのだろうか。既に主が共になさっているということを実感した。手術がうまくいって1年間、病気の影響もなく元気に過ごすことができた。普通は3ヶ月か6ヶ月目に再手術をしなくてはいけないので、感謝するばかりだった。
父のガン宣告以後、両親の伝道についての深刻さを悟り、深い祈りに入った。
教会は一度も行ったことがないのに、果たして信仰の不毛の地に燭台を立てることができるだろうか。
一年が流れた後、2007年は「伝道と教育の年」を宣布なさったので、必ず伝道をしなくてはと誓って、家に帰って御言葉を伝えてみようと思った。教職生活をしていた母は、1人の教え子を通して毎年悪評する電話を受けている状況だったし、またもともと宗教には特に関心がない人たちに30個論を伝えようとするから途方に暮れた。
お祈りが足りなかったからだろうと思って再び戻って来てお祈りをしていた時、ふと「救いの御言葉」を読めば心が動きそうだという霊感が浮かんだ。
「救いの御言葉」は一般の本ではない、人間の救いが左右される御言葉だから、この本を読んで信じて行なう人は誰でも時代の天国を成し、救われると仰っていた御言葉が思い出された。
「そうだ、誰でもこの本さえ読めば救われるといったから、まず本を薦めてみなくては」という考えが浮かんだ。家に帰ってわざと本を置いて来ると、数日後に母から電話がかかってきた。「あんた、どうして本を置いて行ったの?」「はい、私は全部読んだから、お母さん読んでみて下さい〜」「私がこの本を全部読んで感想を話してあげる。」序文だけ読んだところ、何か大きな感銘を受けたのか、その一言の約束と共に、そのように始まった「救いの御言葉」との縁が驚くべきしるしの歴史を起こした。
「救いの御言葉」1巻を読んだ時と2巻、3巻を読んだ時の反応は驚くものだった。まず呼び方が違っていた。お名前を呼んでいたのが、総裁から先生へと変わった。
「この時代が新婦の時代なら、神様をお父さんと呼ばずになんと呼ぶの?」
本を読んでいきながら聖書の歴史を旧約から突っ込んだ質問と反応。3巻を読んだときは電話をしてすぐ「先生が本当に理解できない。あなたたちの先生はどうしてそうだと言うの?」という脈絡のない質問に「あっ!悪評を聞いたのかな?」と瞬間緊張した。
理由はどうして人間がご飯を食べずに飢えて70日間お祈りをすることができるのかということだ。そのように生きられた先生を理解できないと言ったのだ。その文章を読んでからパンを食べていると、このパンなら先生は一ヶ月は召し上がっただろうと思って心が痛かったと言った。
そのように「救いの御言葉」を全部読んで、他の本も送ってくれと言うので説教集「命の御言葉」を送り、「私だけが歩んで来たその道」まで読んだ状態で、報道が出た。放送をそのまま信じる家族に母は「あんたたち見たの?」人々が妬み、嫉妬してそんなことを言っているのだと言い、本を読んでみれば全部神様とイエス様の話だけだし、こんなに神様をよく信じる人は見たことがないと言い、あまりにすばらしいから嫉妬しているのだと、きっぱりと話をしたということだ。
更に驚くことは、その放送を見た日から、一度もお祈りというものをしたことがなかった母が、この御言葉を全地球村の人々が皆聞いて先生を誤解しないようにして下さいと祈り始めたのだ。
本当に心の中にとめどない涙が流れた。「主の御言葉がこのように成されるんだ。」「救いの御言葉」を霊界に入って劇的に執筆なさり、読みさえすれば皆救われると仰った御言葉をより切実に悟るようになった。
その後、死ぬまでは教会に行かないと言う父を説得して御言葉を聞かせ、父も12月8日、光州の伝道集会の時、デジタル講師チームの「ブルー・オーシャンとゲートキーピング」を聞いて先生の立場を理解するようになった。
その日の夕方に帰って来て母に、放送も見て悪評もたくさん聞いたけれど、今日説明を聞いてどうだったかという質問をすると、「本が大きいみたい。本以上のものがないよ。」と言った。どんな弟子の証も先生を証するには「救いの御言葉」には及ばないという反応を見せる母の前で頭が下がった。
本の中で既に歴史に出会った母を見ながら弟子としては恥ずかしかったが、摂理のビジョンと千年歴史を花咲かせる神様の救いがこのように進められるんだなあと悟るようになった。
主が下さった家庭の救いの黄金の鍵「救いの御言葉」によって一番伝道したかった両親を奇跡的に伝道するようになった。
修了式のとき、まるっきり違う教会文化に驚きそうなものなのに、「本当に、総裁がかっこいい。感覚が人より優れてるね。」指揮を見ては「あんな指揮は生まれて初めて見た。世界的な指揮者チョン・ミョンフンよりもっとお上手だ。」と先生に惚れこんだ両親は幸せそうな笑顔を浮かべた。
先生が「救いの御言葉」によって伝道して下さり、先生の指揮と歌で管理して下さったので、やはり先生は伝道王であり、命の恩人だ。
修了式の前に両親のために40日の条件のお祈りを捧げて終わった翌日、明け方に夢を見たが、先生が月明洞で弟子たちと共に木を植えていらっしゃった。一対の木を植えられて「同態の木」だと仰り、私たち摂理のメンバーたちの両親を象徴していると仰った。それから私を見て仰る言葉が「あなたのご両親の同態の木はよく育っている?」と言う瞬間、昔かららくだ岩の近くに私の両親の同態の木がいつのまにか植えられていたのを見つけて「はい〜」と答えて夢から覚めた。たとえ夢の中であっても既に先生が両親が伝道されるように前もってお祈りもしておいて歴史を広げられたんだということを悟ってとめどなく感謝の涙を流した。
最近悪評する放送を見て「あらまあ、放送で総裁をあんなふうに言うなんて。『救いの御言葉』を読んだらあんなに神様をよく信じる方は地球上に誰もいないのに・・・なんであんなふうに言うのか。お祈りも熱心にして、ちょっとなんとかしてよ」と言うので、帰国された先生が、神様がなさることであり、誰か十字架を負わなくてはいけないなら私が負うべきじゃないか。私が行くべき道を防ごうとするな。その道を必ず行くつもりだ、と仰ったのだと伝えてあげた。すると「それではだめでしょ。なんでその道を行かれないといけないの。あんなに神様をよく信じた方がそれではだめだ」と言い、本当にひどく嘆き悲しむ母を見ながら、既にこの時代の救いの道を共に歩んでいることに、神様に感謝した。
個人的ないきさつを通して、摂理国の全てのご両親が伝道されることは予定されているということを申し上げたく、今年、両親の伝道の歴史が広がり、主の御心が成されることを願う。
文:チェ・ソンジ(ソウル・ヘッピッ(陽光)教会教役者)
摂理の月刊誌「チョウンソリ」2008年1−2月号よりこの記事はこちらのサイトで読めます。http://cgm.or.kr/
2007年10月13日土曜日、テジョン・カプチョンの川辺で銀河サッカー大会があった。銀河サッカーだと言って見くびってはひどい目に遭う、情熱的な競技だった。最近非常におもしろく読んでいるファンタジー小説〈タラ・ダンカン〉よりはるかに興味津々で感動的だった。
19の地域の44チームが出場した今回の大会は、高学年、低学年、女子部、幼稚部に分けて、文化会員を含めて男女合わせて450人ほどが参加した。今回の大会の開会式には、世界的なフリースタイル(Free Style)王、ウ・ヒヨン選手も共にして、場を輝かせてくれた。ウ・ヒヨン選手のカッコいい公演に銀河たちは目を離せず、歎声を上げた。
試合中、インチョンの低学年チームがゴールを入れるとすぐに円く集まってひざまずいて両手を合わせて祈る姿は、特に印象的だった。PKの時は、ゴールキーパーとゴールを入れる両チームが皆非常に熱心にお祈りをするので、見守っていた父兄が「神様ホントにお悩みだろう」と言って、周りが笑いの海になったりもした。しかし一緒にいた教師が、勝ったチームも負けたチームも両方神様の御心があると説明もして下さって、一つになった姿で走る試合自体にその意味があることを教えて下さった。
試合の結果、栄誉ある優勝は、高学年:ソウル・江南チーム、低学年:全北・チョンジュチーム、幼稚部:プサンチーム、女子部:テジョンチームが占め、準優勝は、高学年:全北・チョンジュチーム、低学年:忠北・チョンジュチーム、幼稚部:全北・チョンジュチーム、女子部:インチョンチームが受賞した。高学年の部の最優秀選手賞を受賞したイ・ミヌ選手は「神様と主に感謝して、サッカーは神様と主を意識して栄光を帰すためにするもの」だと言い、落ち着いた受賞の感想を述べて大きな拍手を受けた。
チョンジュ低学年チームのチョ・ホソンくんは、今回の大会のために21日の条件のお祈りをした。今回チョンジュが低学年優勝とすばらしい活躍だったが、やはり条件を積んで精神を捧げた分、神様が働かれるということを感じることができた。
予選、本選等、終日続く試合に大変でもありそうだが、銀河の皆は日が暮れてゴールが見えなくなるまで疲れた様子もなく最善を尽くし、転んでも甘える姿は見せなかった。隣りにいらっしゃった牧師は、先生が韓国でサッカーをなさる時も、日が暮れるまで試合をなさったと話して下さったので、ここカプチョンの川辺を縫って走り回る先生の姿を想像してみたりもした。
チョン・ヨンソク牧師は「先生はサッカーで摂理を導かれた。銀河は摂理の宝、摂理の2世だ。そして銀河サッカー大会は誰も真似できない大会だ。幼いときからサッカーを通して神様、先生について学び、人格も学ぶから、とてもありがたい、だから神様、先生を証することで応えて差し上げないといけない。銀河の姿を通して大きな力を感じた」と仰った。
先生の御言葉が銀河たちをこのように作品として作って下さるように、サッカーの試合中に躊躇せず悪口を言う世の中の学校の友達も伝道し、変えることができるだろうと信じている。神様が下さったいろいろな文化・芸術を通して伝道にも一層拍車をかける銀河の活躍を期待している。
ホン・ユル(銀河)/キム・ウネ記者
摂理のメンバーの2世たちのことを「銀河」と呼びます。
私が先日ウォルミョンドンに行った時も、銀河のサッカー大会が行なわれていたのですが、ホントみんなかっこよかった!
そのとき優勝した釜山チームは、皆で21日間のお祈りの条件を立てていたそうです。
この記事は、摂理の月刊誌「チョウンソリ」2007年8−10月号より
下記のサイトでも読めます。
http://cgm.or.kr/
19の地域の44チームが出場した今回の大会は、高学年、低学年、女子部、幼稚部に分けて、文化会員を含めて男女合わせて450人ほどが参加した。今回の大会の開会式には、世界的なフリースタイル(Free Style)王、ウ・ヒヨン選手も共にして、場を輝かせてくれた。ウ・ヒヨン選手のカッコいい公演に銀河たちは目を離せず、歎声を上げた。
試合中、インチョンの低学年チームがゴールを入れるとすぐに円く集まってひざまずいて両手を合わせて祈る姿は、特に印象的だった。PKの時は、ゴールキーパーとゴールを入れる両チームが皆非常に熱心にお祈りをするので、見守っていた父兄が「神様ホントにお悩みだろう」と言って、周りが笑いの海になったりもした。しかし一緒にいた教師が、勝ったチームも負けたチームも両方神様の御心があると説明もして下さって、一つになった姿で走る試合自体にその意味があることを教えて下さった。
試合の結果、栄誉ある優勝は、高学年:ソウル・江南チーム、低学年:全北・チョンジュチーム、幼稚部:プサンチーム、女子部:テジョンチームが占め、準優勝は、高学年:全北・チョンジュチーム、低学年:忠北・チョンジュチーム、幼稚部:全北・チョンジュチーム、女子部:インチョンチームが受賞した。高学年の部の最優秀選手賞を受賞したイ・ミヌ選手は「神様と主に感謝して、サッカーは神様と主を意識して栄光を帰すためにするもの」だと言い、落ち着いた受賞の感想を述べて大きな拍手を受けた。
チョンジュ低学年チームのチョ・ホソンくんは、今回の大会のために21日の条件のお祈りをした。今回チョンジュが低学年優勝とすばらしい活躍だったが、やはり条件を積んで精神を捧げた分、神様が働かれるということを感じることができた。
予選、本選等、終日続く試合に大変でもありそうだが、銀河の皆は日が暮れてゴールが見えなくなるまで疲れた様子もなく最善を尽くし、転んでも甘える姿は見せなかった。隣りにいらっしゃった牧師は、先生が韓国でサッカーをなさる時も、日が暮れるまで試合をなさったと話して下さったので、ここカプチョンの川辺を縫って走り回る先生の姿を想像してみたりもした。
チョン・ヨンソク牧師は「先生はサッカーで摂理を導かれた。銀河は摂理の宝、摂理の2世だ。そして銀河サッカー大会は誰も真似できない大会だ。幼いときからサッカーを通して神様、先生について学び、人格も学ぶから、とてもありがたい、だから神様、先生を証することで応えて差し上げないといけない。銀河の姿を通して大きな力を感じた」と仰った。
先生の御言葉が銀河たちをこのように作品として作って下さるように、サッカーの試合中に躊躇せず悪口を言う世の中の学校の友達も伝道し、変えることができるだろうと信じている。神様が下さったいろいろな文化・芸術を通して伝道にも一層拍車をかける銀河の活躍を期待している。
ホン・ユル(銀河)/キム・ウネ記者
摂理のメンバーの2世たちのことを「銀河」と呼びます。私が先日ウォルミョンドンに行った時も、銀河のサッカー大会が行なわれていたのですが、ホントみんなかっこよかった!
そのとき優勝した釜山チームは、皆で21日間のお祈りの条件を立てていたそうです。
この記事は、摂理の月刊誌「チョウンソリ」2007年8−10月号より
下記のサイトでも読めます。
http://cgm.or.kr/


