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CATEGORY : 御言葉
(2008年11月23日)一週間の御言葉
DATE : 2008-11-25-Tue  Trackback 0  Comment 0
主題;生活の中で信仰に没頭しなさい

本文;サムエル記上17:40−47、詩篇5:1−12

寂しく荒漠とした荒れ野で、生きるために羊の群れを追い、孤独と寂しさの中で笛を吹く、幼い少年がいます。人間は生計のために、肉体のために、仕事はしなくてはなりません。ダビデも、食べて生きようとするから、毎日羊の群れを追いながら自分の仕事に従事して暮らさざるを得ませんでした。彼は10代の幼い少年で、羊を飼う牧童でしたが、彼の精神は信仰に没頭する生き方をしました。偉大な生き方です。

ひとりぼっちで、寂しく、孤独でしたが、その主管を受けず、食べたり着たりして暮らさなくてはいけない職業である牧畜にも全精神を使わず、ひたすら神様に精神を没頭して暮らしました。讃美と感謝を捧げながら深く神様を思って暮らしました。10代の時から偉大な考えを持って人生を生きました。

神様は地上の義人たちをお探しになっていて、ダビデをご覧になりました。彼は幼かったけれど、前もって預言者サムエルを送り、隠密に油を注いで王として祝福しなさいと言いました。誰も知らないうちに隠密に行なわれる神様です。隠密に行なわれる神様に使われるなら、一緒に隠密に行わなくてはいけません。これは責任分担です。

その時から民族的に預言者サムエルに導かれて、サウル王の前で使われるようになり、認められる仕事を隠密に行うように、人生の条件を神様が選んで下さいました。皆さんも御心ある通りに神様が人生の条件を選んで下さるということを悟らなくてはいけません。

神様の霊がサウル王から離れたので、神様がお使いになる悪霊がサウルを苦しめ、苦痛を与えたので、サウルは苦痛を受けるようになりました。ダビデは琴を弾くと、サウルについていた悪霊たちがすっかり離れて、サウルを喜ばせました。

この事の後に、隣国ペリシテの国のゴリアテ将軍が、大軍を率いてイスラエルと戦おうとして攻め入って来ました。

この時ダビデがゴリアテに「お前は槍と鎧と軍隊に頼っているが、私は神様を頼る」と言いながら石を投げてゴリアテの額に命中させ、地面にうつ伏せに倒れました。

ダビデはゴリアテの頭をエルサレムへ持って来て、天幕に記念として置きました。サウルがダビデのことを確実に確認すると、エッサイの息子でした。サウルの息子ヨナタンが、ダビデを自分の命のように愛して、王子の軍服と弓と槍をダビデに与えて着せ、結局軍隊長にしました。

この全てのことは、神様がずっと働かれました。ダビデは「ひたすら神様」の信仰だったし、食べて暮らす衣食住の生活をしながらも、羊を飼っていた10代のときから神様を貴く思って、信仰に没頭したので、結局民族の運命を左右する人として使われました。

その後、サウル王はダビデを妬んで7年間、数百回、ダビデを殺そうとしてあらゆる陰謀をたくらみ、軍隊を動員してダビデを追撃しましたが、捕らえることができませんでした。むしろダビデに捕まって死にそうになったとき、ダビデは、神様が油を注いで王として下さったから敵を愛そうと言って、サウルを殺しませんでした。本当にダビデは主のような心を持った人です。主はダビデの子孫です。

ダビデはサウルとその軍隊に追われる度に神様を求め、神様につき従いました。神様は盾であり、隠れる洞窟であり、岩であり、逃れであり、助ける者であり、救い主であることを認めるようになりました。ただ自分自身を救うものは神様しかいないという思考を持って、信念を固めて生きました。

このように、戦争・患難・苦痛を通して、ダビデとイスラエル民族は、ダビデの精神に従って神様のところに逃れ、神様だけを頼って戦いました。ダビデは統一王国を成し遂げた英雄、政治の英雄になりました。戦争でも勝利しましたが、ひたすら信仰にだけ没頭して、信仰の勝利者になったのです。信仰の勝利者になれなければ、永遠な未来がなく、不幸な人生で終わります。




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