摂理のほんやくコンニャク
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CATEGORY : チョウンソリ
「芝はあなたがたと同じで、草は毒麦と同じだ」
DATE : 2008-11-22-Sat  Trackback 0  Comment 0
 文:チェ・ポンソン勧士

1989年5月16日、『東方』に掲載された「人和」という詩を読んで先生を悟るようになり、月明洞(ウォルミョンドン)の開発が始まって、先生と一緒に芝を植えた。
ある日、寝ていると、私を起こす声が聞こえた。とても詳らかで温柔な声だった。
「ポンソン、もう寝た?」と言うので、「寝てませ〜ん」と言って起きると、夜の12時だった。おかしいと思って再び寝ていると、2回目の声は親が子供を起こす時、子供が最初の一言で起きないと少し怒ったような、そんな声だった。私も同じくもう少し大きな声で「寝てませ〜ん」と言って起きると、明け方の2時だった。私がおかしいのかと思ってまた寝ていると、今度はひどく怒った声で「ポンソン、まだ寝てるの?」「寝てませんけど、どうして何回も寝てるのかと言うんですか」と言って起きると、明け方の4時だった。
神様が「サムエルよ、サムエルよ」と3回呼ばれた聖句が思い出され、畏れる心で家事をざっと準備し、「主よ、足を導いて下さい」と言って月明洞(ウォルミョンドン)に行った。
私の目に最初に入ってきたのが、芝生だった。芝を植えておいたのがどれくらい育ったかと気になって行ってみると、芝は見えず、草(雑草)に覆われた芝生が見えた。「どうして芝生の草を抜いてやらないのか」と思って腕を捲り上げ、草を抜き始めた。そうして始まった仕事が、もう15年という歳月が流れた。
2002年に突然太ももとふくらはぎがくっついて膝が伸ばせなくなった。夏だから草はどんどん出てくるのに抜くこともできず、足の親指で歩きながら草を抜き続けた。ところが脚は病院に通っても大して効果がなかった。治療してだめなら手術すればいいと医者が言った。私は既に先生に会う前に3回手術したことがあったが、手術した時は麻酔のせいで痛みを感じないが、麻酔が切れるときはものすごい苦痛を感じるので、めまいがした。
先生が一度お祈りして下されば良くなりそうなのに、先生がいらっしゃらないからただ恨めしかった。それまで耐えに耐えていた涙が流れた。
そんな中で2002年、月明洞(ウォルミョンドン)の運動場でチョン・チョウン使徒にちょっと会ってお話しすることになり、先生に報告ができた。先生が布団と薬を送って下さったが、夕方に仕事を終えて家に帰って開けてみると、「チェ勧士、薬飲んで健康になって下さい」「うわ〜先生の手書きだ!」私はそれを抱いて泣き、また泣いた。先生が送って下さった薬を飲み、布団をかぶって寝た。明け方のお祈りをしようと起きながら伸びをしたところ、あまり伸びなかった脚がぱっと伸びるではないか。やはり信仰どおりにして下さる神様、主であることを改めて確認させて下さった。
芝生の草取りをしてみると、先生の御言葉が思い出される。今は芝が少なく若いから草が生えるが、芝がしっかり広がって一面に敷かれるようになれば、刃物を刺してもうまく入らないと仰りながら、「あなたがたが私を分からなければただついて来ればいい。そうすればあなたがたの信仰も芝生のようになるだろう」と仰り、「芝はあなたがたと同じで、草は毒麦と同じだ」と仰った。草を抜いてみると、昨日なかった草が今日は見える。草も季節によって生えるものが違う。このように、私たちの心の中に潜んでいる毒麦のような性格、また環境によって生じる毒麦たちもそうだ。「いつも困難が訪れたら草を抜くように心の毒麦を抜きなさい。そして誰も見ないで主だけを見つめなさい。御言葉を読んで」と仰った。生まれつきの気品が良く人柄の良い主の前に、草を抜く分、変わらない命を送って下さることをお祈りする。草を抜きながら、草の数ほど経済も興るようにお祈りする。先生が祈りの条件を立てられる時に私たちも伝道と管理の条件を共に立てていくなら、大きな歴史が起こるということを信じる。




摂理の月刊誌「チョウンソリ」2008年3-4月号より
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