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摂理のほんやくコンニャク
世界の摂理は広い!摂理の海外情報を勝手にほんやくするブログです。
CATEGORY : チョウンソリ
「救いの御言葉」が贈ってくれた命
DATE : 2008-10-24-Fri  Trackback 0  Comment 0
まず両親を伝道して下さった神様と「救いの御言葉」を執筆して下さった先生に感謝の心を伝えます。

以前、先生が「天国に行く時、両親は必ず一緒に行くべきだ」と仰っていた御言葉がいつも気にかかっていた。摂理に来てから14年間、熱心に摂理を走ってきたと思ったが、命をかけて祈って両親の伝道を試みることができなかったということが非常に後悔された。2006年春!父が突然、肝臓ガンと診断され、初めて手術をした日、手術室の外の待機室で、震える心で祈っていると、いきなり電話がかかってきた。とても信じられない奇跡のような電話!夢に描いていた声、先生だった。牧会の発令のために下さった電話だった。父の手術の報告をすることはできなかったが、イエス様の衿に触れただけで病気が治った女の心情とはこんなだったのだろうか。既に主が共になさっているということを実感した。手術がうまくいって1年間、病気の影響もなく元気に過ごすことができた。普通は3ヶ月か6ヶ月目に再手術をしなくてはいけないので、感謝するばかりだった。
父のガン宣告以後、両親の伝道についての深刻さを悟り、深い祈りに入った。
教会は一度も行ったことがないのに、果たして信仰の不毛の地に燭台を立てることができるだろうか。
一年が流れた後、2007年は「伝道と教育の年」を宣布なさったので、必ず伝道をしなくてはと誓って、家に帰って御言葉を伝えてみようと思った。教職生活をしていた母は、1人の教え子を通して毎年悪評する電話を受けている状況だったし、またもともと宗教には特に関心がない人たちに30個論を伝えようとするから途方に暮れた。
お祈りが足りなかったからだろうと思って再び戻って来てお祈りをしていた時、ふと「救いの御言葉」を読めば心が動きそうだという霊感が浮かんだ。
「救いの御言葉」は一般の本ではない、人間の救いが左右される御言葉だから、この本を読んで信じて行なう人は誰でも時代の天国を成し、救われると仰っていた御言葉が思い出された。
「そうだ、誰でもこの本さえ読めば救われるといったから、まず本を薦めてみなくては」という考えが浮かんだ。家に帰ってわざと本を置いて来ると、数日後に母から電話がかかってきた。「あんた、どうして本を置いて行ったの?」「はい、私は全部読んだから、お母さん読んでみて下さい〜」「私がこの本を全部読んで感想を話してあげる。」序文だけ読んだところ、何か大きな感銘を受けたのか、その一言の約束と共に、そのように始まった「救いの御言葉」との縁が驚くべきしるしの歴史を起こした。
「救いの御言葉」1巻を読んだ時と2巻、3巻を読んだ時の反応は驚くものだった。まず呼び方が違っていた。お名前を呼んでいたのが、総裁から先生へと変わった。
「この時代が新婦の時代なら、神様をお父さんと呼ばずになんと呼ぶの?」
本を読んでいきながら聖書の歴史を旧約から突っ込んだ質問と反応。3巻を読んだときは電話をしてすぐ「先生が本当に理解できない。あなたたちの先生はどうしてそうだと言うの?」という脈絡のない質問に「あっ!悪評を聞いたのかな?」と瞬間緊張した。
理由はどうして人間がご飯を食べずに飢えて70日間お祈りをすることができるのかということだ。そのように生きられた先生を理解できないと言ったのだ。その文章を読んでからパンを食べていると、このパンなら先生は一ヶ月は召し上がっただろうと思って心が痛かったと言った。
そのように「救いの御言葉」を全部読んで、他の本も送ってくれと言うので説教集「命の御言葉」を送り、「私だけが歩んで来たその道」まで読んだ状態で、報道が出た。放送をそのまま信じる家族に母は「あんたたち見たの?」人々が妬み、嫉妬してそんなことを言っているのだと言い、本を読んでみれば全部神様とイエス様の話だけだし、こんなに神様をよく信じる人は見たことがないと言い、あまりにすばらしいから嫉妬しているのだと、きっぱりと話をしたということだ。
更に驚くことは、その放送を見た日から、一度もお祈りというものをしたことがなかった母が、この御言葉を全地球村の人々が皆聞いて先生を誤解しないようにして下さいと祈り始めたのだ。
本当に心の中にとめどない涙が流れた。「主の御言葉がこのように成されるんだ。」「救いの御言葉」を霊界に入って劇的に執筆なさり、読みさえすれば皆救われると仰った御言葉をより切実に悟るようになった。
その後、死ぬまでは教会に行かないと言う父を説得して御言葉を聞かせ、父も12月8日、光州の伝道集会の時、デジタル講師チームの「ブルー・オーシャンとゲートキーピング」を聞いて先生の立場を理解するようになった。
その日の夕方に帰って来て母に、放送も見て悪評もたくさん聞いたけれど、今日説明を聞いてどうだったかという質問をすると、「本が大きいみたい。本以上のものがないよ。」と言った。どんな弟子の証も先生を証するには「救いの御言葉」には及ばないという反応を見せる母の前で頭が下がった。
本の中で既に歴史に出会った母を見ながら弟子としては恥ずかしかったが、摂理のビジョンと千年歴史を花咲かせる神様の救いがこのように進められるんだなあと悟るようになった。
主が下さった家庭の救いの黄金の鍵「救いの御言葉」によって一番伝道したかった両親を奇跡的に伝道するようになった。
修了式のとき、まるっきり違う教会文化に驚きそうなものなのに、「本当に、総裁がかっこいい。感覚が人より優れてるね。」指揮を見ては「あんな指揮は生まれて初めて見た。世界的な指揮者チョン・ミョンフンよりもっとお上手だ。」と先生に惚れこんだ両親は幸せそうな笑顔を浮かべた。
先生が「救いの御言葉」によって伝道して下さり、先生の指揮と歌で管理して下さったので、やはり先生は伝道王であり、命の恩人だ。
修了式の前に両親のために40日の条件のお祈りを捧げて終わった翌日、明け方に夢を見たが、先生が月明洞で弟子たちと共に木を植えていらっしゃった。一対の木を植えられて「同態の木」だと仰り、私たち摂理のメンバーたちの両親を象徴していると仰った。それから私を見て仰る言葉が「あなたのご両親の同態の木はよく育っている?」と言う瞬間、昔かららくだ岩の近くに私の両親の同態の木がいつのまにか植えられていたのを見つけて「はい〜」と答えて夢から覚めた。たとえ夢の中であっても既に先生が両親が伝道されるように前もってお祈りもしておいて歴史を広げられたんだということを悟ってとめどなく感謝の涙を流した。
最近悪評する放送を見て「あらまあ、放送で総裁をあんなふうに言うなんて。『救いの御言葉』を読んだらあんなに神様をよく信じる方は地球上に誰もいないのに・・・なんであんなふうに言うのか。お祈りも熱心にして、ちょっとなんとかしてよ」と言うので、帰国された先生が、神様がなさることであり、誰か十字架を負わなくてはいけないなら私が負うべきじゃないか。私が行くべき道を防ごうとするな。その道を必ず行くつもりだ、と仰ったのだと伝えてあげた。すると「それではだめでしょ。なんでその道を行かれないといけないの。あんなに神様をよく信じた方がそれではだめだ」と言い、本当にひどく嘆き悲しむ母を見ながら、既にこの時代の救いの道を共に歩んでいることに、神様に感謝した。
個人的ないきさつを通して、摂理国の全てのご両親が伝道されることは予定されているということを申し上げたく、今年、両親の伝道の歴史が広がり、主の御心が成されることを願う。
文:チェ・ソンジ(ソウル・ヘッピッ(陽光)教会教役者)




摂理の月刊誌「チョウンソリ」2008年1−2月号より
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