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CATEGORY : 御言葉
(2008年8月24日)一週間の御言葉
DATE : 2008-08-25-Mon  Trackback 0  Comment 0
主題;思いがけない時に人の子が来るだろう。目を覚まして用意して迎えなさい。
本文;ルカによる福音書12:35−40

 イエス様は、今日の本文の御言葉を通して、主人に仕える人に全てのものを任せ、主人が再び戻って来る時どのように迎えるべきか、正確に教えて下さいました。
 この御言葉を通して、神様とイエス様を信じて仕える人たちはこのように準備して目を覚ましている身で迎えなさいと仰いました。「寝ないで、うとうともしないで、目を覚まして、表の門にも、部屋の戸にも、張り付いていなくてはいけない。夜なら灯りを手にして、身を慎んで、耳を傾けて、心も体も準備して立っていなくてはいけない。」と言いました。
 ルカによる福音書24:36−53を見ると、イエス様が亡くなった後に弟子たちが心細さの中で、希望を失い、皆集まっている時に、イエス様が部屋に入って来て「あなたがたに平安あれ。」とおっしゃいました。しかし皆、思いがけず迎えたからうろたえました。
 準備なしに、思いがけず迎えると恥ずかしく迎えるのです。
 イエス様は、「律法でも、万一キリストが死ねば3日経ってよみがえり、ガリラヤへ行くと言っているのに、どうして忘れているのか。」と仰いました。3日前に別れて再び会うとは思えなかったのです。
 イエス様は十字架を前にして弟子たちに「準備して祈りなさい。そうしてこそ難しい患難が迫っても試みに陥らない。」と仰いました。それでも弟子たちは祈る時、うとうとしながら、準備できませんでした。そうしているうちに主を失い、落胆しました。
 3日後にイエス様が再び来られた時もうまく迎えられませんでした。今日の本文の御言葉のように、門を守っていて迎えるべきでしたが、門をぴったり締めておいて、怖がっていた時にイエス様が現れたので、驚いて幽霊ではないかと言いました。違うと説得するためにイエス様は本当に心情を痛めながら話されました。
 このように、主を待ってばかりいないで、任された仕事に忠誠を尽くしながら主を迎えなくてはいけません。灯りを手にして用意し、準備するように、いつも身を慎んで、目を覚まして、自分が考えている時に主を迎えなくてはいけません。いつも目を覚ましていれば、いつ来られても迎えることができます。毎日捧げる燔祭を廃している時、祈らないでいる時、伝道と管理をしないでいる時、讃美と感謝と様々なすべきことをしないでいる時に迎えると、来られて叱るだけ叱って行くようになります。
 今日の御言葉は、神様とイエス様は時にしたがって思いがけない時に来られるから、準備して、目を覚ましていなさいと仰いました。
 イエス様は、同じ時間にだけ来られるのではありません。いつも同じ方法で来られるのではありません。最初は直接その体を持って来られて、その次は霊体で来られます。その時に必要な人の肉体を使って来られることもあります。だから待っている人たちが「思いがけない時に来る。」という話を本当に深く悟って信じなくてはいけません。これは答えを教えてくれる話です。預言した話です。いつなのか、時間が問題ではなく、迎える人たちの状態を教えてくれて、「だから目を覚ましていなさい。身を慎んで準備していなさい。」と仰ったのです。
 健康な人はする仕事が多く、神様とイエス様と近く暮らすほどする仕事がたくさんあります。神様に栄光を帰すことと、様々なすべき仕事がたくさんあります。神様の仕事はすればするほど喜びの仕事です。だから聖書も詳しく読んでみて、大きく解いて、広く解いて、高く解いて、深く解いて、詳しく完全に解いて、そのように生きるべきです。




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