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摂理のほんやくコンニャク
世界の摂理は広い!摂理の海外情報を勝手にほんやくするブログです。
CATEGORY : チョウンソリ
(チョン・ミョンソク牧師の)一篇の大きな教え
DATE : 2008-08-12-Tue  Trackback 0  Comment 0
任せていきます

文:ポンソク牧師

ウォルミョンドン開発草創期の頃の話だ。

当時の環境は大変劣悪なものだった。当然車で入ってくることはできず、チンサンに止めて歩いて来なくてはならなかったし、耕運機をかりて市場で買い物をして積んで来たら、卵は半分が割れて卵粥になったり、相当気をつけなくてはならなかった。

コンテナとハウスを改造した宿所で寝泊りしていた人は、それでもさいわいだった。何日か働きに来た人達は、テントで寝泊りするしかなかった。食堂もちゃんとできていなくて、人がたくさん来ると外で釜をかまどにかけてご飯と汁をつくらなくてはならなかったし、雨が降れば雨宿りする所がなく、そのまま雨にうたれて働くしかなかった。人力と装備等、すべてが足りなかったし、電気も不足して常に不便だった。

機械も使わず延々とシャベルと鍬で進められたウォルミョンドン開発が、機械が入ってからは活気を帯びるようになり、ついに岩の造形の大長征が始まった。

先生は働かれる時間が一定に定まっていなかった。明け方に起きられて展望台で御言葉を伝えられ、物が見えるくらいの時間になってから働き始め、日が暮れると明かりをつけて昼夜を忘れて開発に熱中された。すべての開発は先生から始まった。

石を選ぶ仕事と、石をどこにどのように、どんな姿で立て横たえるのかということは、すべて先生の役割だった。私達は先生が選ばれた石をワイヤーで縛り、おっしゃった場所に機械で置いた。そしてその後の仕事は私達の役割だった。

先生は運動場に散らばっている石を選ばれて、石を置く場所まで再びいらっしゃり、一緒に石を置いて立てる作業を一日中繰り返された。

石を選びに忙しく動かれながらも、誰かが自分の問題について話すと、いやな顔ひとつせずに笑いながら聞いて下さり、その場所でお祈りまでして下さった。

作業をしに来る人達もいたけれど、先生にいつでも会えるし、自分の話をすることができるので、ウォルミョンドンにたくさんの人達が集まった。

ウォルミョンドンに来た人達は、手があいたら石を選んだりもし、ある人は運動場の石を拾い、雑草を抜いたり、各自ができることをしていた。当時壮年部の方達は、果物と餅を持参し、分けて食べながら働いたりもしていた。

その時期、私は常に敏感になっていた。私達に対してよくない目で見る人達が、変なうわさを広め、記者達が来て面倒なことにすることがあったためだ。それでいつも外部の人達に対して警戒するくせができた。

その日もいつものように、多くの人達が作業をしていて、私はあちこちと慌しく作業場をまわりながらサポートをしていたが、一人の人が私の目に入ってきた。その人は中年の紳士だったが、先生が作業をしている現場を注視していた。私は「あの人は誰だろう。」と気になり、動きまわりながらもその人に目を向けていた。

忙しくしているうちに、ある瞬間からその人のことは忘れて他の仕事に熱中していたが、何気なく目を向けると、その人はその場所に石膏像のように立ったままでいるではないか?

「あの人は一体誰で、先生をあんなに凝視しているのだろうか?一体何時間あのように立ったままでいるのだろう?」と時計を見ると、おおよそ4時間程先生が働いているのを見守っていたのだ。

「何かわけがあるようだ。」と思い、私はそれとなくその人が立っている所に近づいていき、カメラを持っていないかさっと見たが、見えなかった。

「カメラも携えていない人なら記者ではないようだが、学生の親なら既に何か話をしてきていただろう。だとすると何をしている人だろう?」あれこれと考えをめぐらしてみたが、思い当たるものがなかった。

いつのまにかお昼になったので、その紳士に近づいてできる限り礼儀正しく「こんにちは。お目にかかったことがない方ですが、どういったご用件でいらっしゃいましたか?」と尋ねた。
「はい。私の娘のことで来ました。」
私は俄然緊張した。
「娘さんですか?」
「私の娘がこちらの信者になっているとのことで、尋ねて来ました。」
「はい。では娘さんには会われましたか?」
「いいえ。娘が学校に行くのを確認してから、私一人で来ました。ここがどんな場所なのか、先生という方がどういう人なのか、確認しようと思って来ました。」
「そうですか。とりあえず、お昼になりましたので、食事でもなさって下さい。ここにはこの場所以外で食事できる所がないんです。あ、申し訳ございません。私の紹介をしていませんでした。私は先生の弟で、この場所の作業班長です。」
「いえいえ、今ちょうど出ようとしていたところです。」
「そんな、会いもしないで行かれるのですか?先生と今会ってお話されてみるか、それか私に気になることを私にお聞き下されば、私が誠意のかぎりお答えします。」
「いいえ。先生について、充分にわかりました。」
「調べもせず、先生に会いもせずに、充分におわかりになったのですか?」
「正直言いますと、私の娘がここに通っていると聞いた時は、びっくりしました。報道やうわさを耳にしていたからです。子を持つすべての親はそうでしょうが、子供がそんなところに通っていると知って驚かない親がいるでしょうか?子供が信じて通っているのに、無鉄砲に止めることもできないし、やきもきしていたけれど、私が直接先生という方を尋ねて確認してみようと決心して尋ねて来たのです。」
「では、なぜもう帰ろうとされるのですか?先生と挨拶でもされて、話されてみてからお帰りになられてはいかがですか?」
「そうする必要はなくなりました。どの親も同じでしょうが、私の娘は私にとっては友人のようでもあり、特別に私が愛する子でした。そんな子が変な宗教にはまったと聞いた時、私は目の前が真っ暗になりました。すべてのものを失った気分でした。私はかっとなってその日にここに怒鳴り込んで騒ぎを起こそうか等、様々なことを考えました。もう一度考えてみると、そうではなかったのです。私もそれなりに人生を生き、学ぶだけ学び、地域社会である程度地位のある人が、無鉄砲に尋ねて行って狼藉を働いて放言をしてはならないと思いました。それでこのように尋ねて来たのです。」
「それなのになぜ帰ろうとなさるのですか?」
「ここに来て考えが変わりました。私はこんな田舎だとは思わなかったし、このように作業の真っ只中にいるということも知りませんでした。私がここに到着すると、たくさんの人達が忙しそうに働いていました。それである人に聞いてみました。先生がどこにいらっしゃるのかと聞くと、作業服を着て帽子をかぶり、杖をついて上から下まで熱心に石の間を行ったり来たりしている方が先生だと教えてくれました。私はとても驚いて、本当にあの人なのかと聞いたら、そうだと答えました。あいた口がふさがらなくて、言葉を失ってしまいました。私が考えていたのとあまりにも違ったからです。うわさどおりだと、勇壮な建物があって、その中で先生は大きな椅子に権威と威厳たっぷりに座っていたり、あるいは変な服装をして座っている姿を想像して来たのに、体格も小さい方が若い人達の中に入って一生懸命働いている姿が、私にはとても大きなショックでした。私は戦意を喪失して、先生がどのようになさるのか、半日注意して見ていました。その中で私が驚いたのは、お餅と果物を分けて下さり、忙しく歩き回っている間にもみんなの話を聞いて下さっている姿を見て、感じることが多々ありました。食べ物を分けて下さり、話を聞いて下さる先生の姿から、先生は愛を与え、みんなは先生のことを尊敬していることがわかりました。

親が子供を愛するように、みんなを愛しているということを肌で感じました。世の中で愛ほど素晴らしいものはありません。先生は親が与えることができる、それ以上の愛を与えていらっしゃることがわかりました。世の中には数多くの指導者達がいます。先生のように、働きながら、食べながら、苦楽を共にする指導者を見たことがありません。なぜ多くの若者達が先生に従うのか、これでわかりました。本当に美しい姿です。」
「そうおっしゃって下さり感謝します。」
「実際にそうですから。私も短くない人生を生きて来ながら、多くのことを経験し、知り、人を見る目があります。私の目に間違いはありません。私はうれしい気持ちで、これで帰ることにします。」

「そんな、遠い所までいらっしゃったのに、先生に一度も会って行かれませんか?」

「いいえ。会ってみてもみなくても同じです。人はいい人であれ悪い人であれ、いい言葉を使っていくらでも一時的に人をだますことができます。しかし人生はだますことができません。先生の人生は、一時的なごまかしでは見せることのできない、真実な人生です。私は先生の人生を見たのだから、もう聞くことがありません。世の中にはうわさとは異なることがたくさんあるということを悟りました。先生に対して少しでも不遜な考えを持ったことが、非常に恐縮です。」
「いいえ、このまま帰られてはなりません。私の兄は、誰でも来たら、水一杯でも必ずもてなしてあげなさいとおっしゃったし、与える者がもらう者より、もっとさいわいだと教えられました。」
「本当に素晴らしい御言葉です。私の娘がどんな祝福をもって生まれたのか、立派な師匠に出会えました。だからもう安心して私の娘を任せて行きます。お元気で。」
「では、娘さんのお名前か、社長の名刺でも下されば、先生にお伝えしておきます。」
「私の娘を先生にお任せして行くので、うまく育てて下さるだろうと信じて、ゆだねて行きます。」

それ以上言葉をかける隙もないまま、その紳士はウォルミョンドンから遠ざかって行った。




今回の記事は、摂理の月刊誌「チョウンソリ」2008年6月号 P18-19より、他のメンバーが訳したものを、本人の許可を得て掲載させて頂きました。
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