主題;私の側にだけなって下さる神様
本文;マタイによる福音書4:14−25、イザヤ書43:1−7、ヨシュア記1:5−8
今年はこの福音を伝えて30年になる年です。またこれまで世界50カ国あまりに福音が入りました。韓国は30年になりましたが、他の国々は15〜20年になり、今福音が入った国もあります。ある国は一つの教会が建てられ、もうある程度の人数になる国もあります。
韓国も、先生が最初に福音を伝えた時は私ひとりでした。1978〜1980年まで何人か伝道され、この福音の主人でいらっしゃる神様が私と共になさり、イエス様が私の隣りで万事において共にし、コーチして下さり、教えて下さったので、だんだん大きくなって今日のように世界に広がるようになりました。
御言葉を正しく悟って、神様の歴史の使命感に燃える人が一人でもいればこのように民族と世界まで福音が広まって勇壮になります。これは神様が私と共になさっ たからであり、イエス様がいつもコーチして下さり、教えて下さったからであり、聖霊様はいつも感動させて働いて下さったからです。この福音はこの時代に 神様とイエス様を信じる万民が改めて聴くべき御言葉であり、この時代に宣布した御言葉なので、共にして下さり働かれるのです。
この福音を伝える時、時には疲れて倒れ、病気になったりもしました。しかし神様とイエス様が力を下さり、治して下さり、働いて下さり、私の側にだけなって下 さったので、このように仕事をすることができました。牧者になるには羊をよく知らなくてはいけないし、建築家は建物を建てることを実際にたくさん学んで 会得しなくてはいけないし、会社を経営するにはそれについて十分に学ばなくてはいけません。政治・宗教・芸術・様々な運動をする人も、全てそれについて 知ってこそできるし、努力に従ってうまくやることができます。
人々は自分がすることについてよく知らずにやります。だから事故も起き、失敗もするようになり、苦痛も味わうようになるのです。
イエス様は「人は学ばなければ出すものがない。だから学ばなくてはいけない。苦痛を受けるとしても、聴衆を導くには学ばなくてはいけない。」と仰いました。
命を救い、神様の御心通りに大きく働くには、人々の中に入って行って、神様の仕事をしながら学んで実践しなくてはいけません。そうしてこそ彼らのことを分かって救うことができるし、神様の歴史を行なうことができます。
神様は私と争う人々に対して、私の側にだけなって下さると仰いました。30年間福音を伝えて暮らした時も、ベトナム戦争の中でも、神様は私の側にだけなって下さいました。だから私は神様の中に存在しています。だから今もキリスト・イエス様の中で存在しているのです。
皆さんも結局神様と主だけだから、患難のときだけ神様と主を求めるなということです。患難のときだけ求める人をどうやって天の新婦とし、どうやって使命者と して使うことができるでしょうか。神様と主の対象になることができません。だから万事において神様に栄光を帰し、求めなくてはいけません。
神様は一日も欠かさず毎日私の側にだけなって下さいました。その方に中心を合わせて生きる人々に対してもそのようになさいます。だから祈りと感謝と栄光を帰さなくてはいけません。
元記事はこちらです
http://cgm.or.kr/
本文;マタイによる福音書4:14−25、イザヤ書43:1−7、ヨシュア記1:5−8
今年はこの福音を伝えて30年になる年です。またこれまで世界50カ国あまりに福音が入りました。韓国は30年になりましたが、他の国々は15〜20年になり、今福音が入った国もあります。ある国は一つの教会が建てられ、もうある程度の人数になる国もあります。
韓国も、先生が最初に福音を伝えた時は私ひとりでした。1978〜1980年まで何人か伝道され、この福音の主人でいらっしゃる神様が私と共になさり、イエス様が私の隣りで万事において共にし、コーチして下さり、教えて下さったので、だんだん大きくなって今日のように世界に広がるようになりました。
御言葉を正しく悟って、神様の歴史の使命感に燃える人が一人でもいればこのように民族と世界まで福音が広まって勇壮になります。これは神様が私と共になさっ たからであり、イエス様がいつもコーチして下さり、教えて下さったからであり、聖霊様はいつも感動させて働いて下さったからです。この福音はこの時代に 神様とイエス様を信じる万民が改めて聴くべき御言葉であり、この時代に宣布した御言葉なので、共にして下さり働かれるのです。
この福音を伝える時、時には疲れて倒れ、病気になったりもしました。しかし神様とイエス様が力を下さり、治して下さり、働いて下さり、私の側にだけなって下 さったので、このように仕事をすることができました。牧者になるには羊をよく知らなくてはいけないし、建築家は建物を建てることを実際にたくさん学んで 会得しなくてはいけないし、会社を経営するにはそれについて十分に学ばなくてはいけません。政治・宗教・芸術・様々な運動をする人も、全てそれについて 知ってこそできるし、努力に従ってうまくやることができます。
人々は自分がすることについてよく知らずにやります。だから事故も起き、失敗もするようになり、苦痛も味わうようになるのです。
イエス様は「人は学ばなければ出すものがない。だから学ばなくてはいけない。苦痛を受けるとしても、聴衆を導くには学ばなくてはいけない。」と仰いました。
命を救い、神様の御心通りに大きく働くには、人々の中に入って行って、神様の仕事をしながら学んで実践しなくてはいけません。そうしてこそ彼らのことを分かって救うことができるし、神様の歴史を行なうことができます。
神様は私と争う人々に対して、私の側にだけなって下さると仰いました。30年間福音を伝えて暮らした時も、ベトナム戦争の中でも、神様は私の側にだけなって下さいました。だから私は神様の中に存在しています。だから今もキリスト・イエス様の中で存在しているのです。
皆さんも結局神様と主だけだから、患難のときだけ神様と主を求めるなということです。患難のときだけ求める人をどうやって天の新婦とし、どうやって使命者と して使うことができるでしょうか。神様と主の対象になることができません。だから万事において神様に栄光を帰し、求めなくてはいけません。
神様は一日も欠かさず毎日私の側にだけなって下さいました。その方に中心を合わせて生きる人々に対してもそのようになさいます。だから祈りと感謝と栄光を帰さなくてはいけません。
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