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科学コラム 文:クォン・ヨンワン博士

宇宙人とUFO

UFOと宇宙人は実存するのだろうか。
1982年にスティーブン・スピルバーグが監督したSF映画(空想科学映画)E.T.が封切られ、全世界的に旋風的な人気を呼び、話題になったことがある。映画E.T.は、宇宙船に乗って地球に来た宇宙人たちがいろいろ標本を採取していたときに人間たちが現れたので急いで発つときに、一緒に行けなくて残された宇宙人と地球人の子供たちとの友情を描いた映画で、最後の場面でE.T.が宇宙船に乗って再び自分の星へ帰って行きつつ「いつも君の傍にいるよ。」という言葉を残していくことで有名だ。そして当時、映画の主人公であるE.T.の人形が子供たちに相当な人気を呼んだ。この時E.T.が乗って来た宇宙船がUFO(Unidentified Flying Object)、すなわち未確認飛行物体だ。多くの人々がUFOを目撃したと言い、ある人は宇宙人に会ったとも言い、地球のどこかに宇宙人が不時着し、その死体をどこで保管していて、宇宙人の死体を解剖する映像がある等、人々の関心を呼ぶ話が絶えずある。それだけでなく最近は宇宙人を崇拝する宗教が出てきて一部の人々が従っているというほどだ。1950年代、ジョージ・アダムスキーが宇宙人に会ったと主張して以降、1960年代にはバリアント・トーという人は金星から来たと主張したりもする等、今までも宇宙人と地球外の文明体に関する話はずっと出てきており、多くの人々は地球以外の他の世界にまた別の文明を成して宇宙人が暮らしているだろうと想像している。そしてある時は宇宙人が地球を侵攻しないだろうかという杞憂に陥ってじたばたしていたときもあった。では一体UFOと宇宙人は実存するのだろうか。もしくは空想科学小説の中にも登場する主人公なのか。

人類が生きている地球のような星は存在するのか。
私たちは神様が創造なさった地球でものすごい文明を成して生きている。1984年アメリカは有名な科学ドキュメンタリーの進行者であり「コスモス」という本を書いた天文学者カール・セーガン博士の強力な主張によりNASAからモハビ砂漠に60mの電波望遠鏡を使ってSETI(Search for Extra-Terrestrial Intelligence)という地球外の文明体の探査プログラムを始めた後、1992年からNASAは超短波観測事業という、より発展した方法で地球外の信号の探査を続けてきて、特別な探査結果を得られないと、このプロジェクトを1994年に結局中断することになる。NASAが探査をやめた1994年から民間人たちが参加してSETIに入ってきた電波資料をインターネットを通して各自が所有しているパソコンを利用して分析する方法を活用している。こういった方法による地球外電波の1次判読結果が2003年に出たが、参加した数多くの人々の期待とは違って、なんでもないものと判読された。鄭明析先生はすでに30年余り前から神様に祈って答えをもらい、イエス様に学び、UFOはないと20年前から話してきた。特に1995年のアメリカ巡回時、UFOに関する話で最も湧き立っていた時だったが、先生はアメリカの各地で講義なさる中でUFOはないとすっきりとおっしゃったことがある。

事実、地球外文明体を探すSETIというプログラムはフランク・ドレイクというアメリカの天文学者がドレイク方程式を1960年に提案したことがきっかけとなった。1967年にバーネルとヒューイッシュというイギリスの天文学者が正確な周期を持って瞬く星を初めて発見したが、それを一部の学者たちが宇宙人が送っている信号だと主張したりもした。しかし後に学者たちによってこの信号は宇宙人が送った信号ではなく中性子星だと明らかにされ、これをパルサー(Pulsar)と名付けた。ところで文明体探査の始発点となったドレイク方程式とは何なのか。ドレイク方程式は次の通りだ。

ドレイク方程式(N=R* X fp X ne X fl X fi X fc X L)

:この銀河の中に存在する交信が可能な文明の数
:この銀河の中で恒星が誕生する速度
fp:恒星が惑星系を持っている確率
ne:惑星系で生命体が生きられる惑星の数
fl:条件を備えた惑星で生命が発生する確率
fi:発生した生命が知的な生命体に進化する確率
fc:そのような知的な生命体が交信を望み、できる程度に発展する確率
L:そのような文明が存在できる期間


つまり、この銀河内に私たちと通信をやり取りできる文明を成す地球外文明体の数は、太陽のようにいつも光を発する星(恒星)を持っており、その恒星が水星、金星、地球、火星等の惑星系を持っていなくてはならないし、その惑星系で生命体が生きられる地球のような惑星が存在しなくてはならず、その地球のような条件を具えた惑星であるとしても生命が発生しなくてはならず、その生命体の中で人類のような知的な生命体が存在しなくてはならないし、その知的な生命体が人類が現在成している文明のような文明を成し、その文明が長い時間持続してこそ、そういう文明体が信号を送ることができるという意味だ。一言で話すと、この宇宙にこの太陽系とそっくりな太陽系があり、そっくりな地球があって、そこに人々が住んでいるだろうという考えだ。そしてそういう文明体があるとすれば必ず信号を送るだろうと信じてその信号をSETIというところで熱心に探しているのである。ところが先に言及したとおり、いまだに地球外文明体から送られて来た信号はたったの一件もない。最近の東亜日報の記事(2008年7月23日付)を見ると、アメリカでこれまで250個の恒星を調査したが、「太陽系は例外」という研究結果が出た。地球が属しているこの太陽系の環境があんまり独特なのでこれと似た他の太陽系を見つけるのは容易ではないという研究結果だった。分かりやすく話すと、地球外文明体はないということだ。そして最近アメリカのカリフォルニア大学バークレー校の研究陣がオリオン星雲に属する恒星250個を調査した結果、木星程度の大きさの恒星を形成し得る高密度のちりの円盤を周囲に持つ恒星は全体の6〜10%に過ぎず、これらの高密度のちりの円盤は太陽の1%以上になる質量を具えてこそ恒星の周囲を回る惑星を形成することができると説明した。研究チームのリーダーであるジョシュア・アイスナー博士はこの太陽系が一般的なものではなく、例外的な存在であるという事実を示唆するものだという記事が掲載された。事実、この太陽系で木星は地球より1300倍大きくて重力がものすごく大きい。したがって外部から飛んで来る宇宙岩石を木星が引き寄せて内側の軌道の惑星(特に地球)を保護し、火星と木星の間の小惑星を引きとめて地球に落ちないようにする、地球にあっては必須の守護神のような存在だと言うことができる。ところがこの木星の大きさの惑星を持った別の太陽系が存在し難いとすれば、地球以外の宇宙のどこかに生命体が存在する可能性はほとんどない。そしてSETIで地球外文明体を探すことを続けているが、いまだにどんな信号も観測されておらず、多くの科学者たちが地球のような人類が住んでいる星を見つけられずにいる。

肉的、霊的な無知から目覚めてこそ
空想科学映画にはいつも宇宙に地球のような生命体が住んでいて、ほとんど地球よりはるかに発展した文明を成して暮らしているように描写される。しかし先生は、人が住める星は地球しかないということをすでに30年前に分かって宇宙生命体の研究を終えたと説教の中でおっしゃり、宇宙は人間の頭で学ぼうとすると一部は分かっても、全て知るのは不可能だとおっしゃった。ただ天地を創造なさった神様だけがご存知だとおっしゃった。この宇宙に神様が創設なさった生命体が存在する唯一の天国はまさに私たちが住んでいる地球なのである。そして先生はイエス様と共に宇宙にある26個の星に霊で行って来られたという。星の世界へ行ってみてこそ特に用はないとおっしゃった。エゼキエル書やダニエル書等、聖書にもUFOと類似した記録がたくさん出てくる。ほとんど祈りの中で目撃したもので、霊的な現象である。人々が宇宙人だとかUFOだとかいうものに惑わされるのは、霊的な無知によるものだ。仮に宇宙人がいるとしても太陽系から一番近い星は4.3光年も離れたセンタウルスの位置だという。光の速度で4.3年も行かなくてはならない、ものすごく遠い距離だ。現在1977年に発射された無人宇宙船であるボイジャー1号は30年が過ぎた今もまだ太陽系を抜け出せずにいる。まもなく機能が停止して廃棄されるという。人類がいくら良い性能の宇宙船を造るとしても太陽系を抜け出すのは不可能だと思うべきだ。反対に地球外から地球に到達するのも難しいということだ。
最近人々がよく話すことの中にユビキタスという言葉がある。その用語の起源は宗教改革者マルティン・ルターのUbiquitarianism(キリストの臨在論)と見ることもあり、「いつもどこにもある、偏在する」という意味を持っている。神様と主は霊でいつもどこにも私たちと共にいらっしゃり、いつも霊的なメッセージを送っておられる。私たちは霊と肉を持っていながらも霊的な信号に鈍感だ。今日、人類が霊と肉の無知から覚めるには、地球外の信号に関心を持つのではなく、私たちにいつも共になさる神様のメッセージに耳を傾けるべきではなかろうか。霊的な無知と肉的な無知によって過ぎた時間NASAとSETIで注がれたお金だけでも天文学的な額である。いくら科学をよく勉強しても霊的に無知であれば一生をとんでもない研究をすることにお金と時間ばかり浪費することになる。UFOと宇宙人を探すことは蜃気楼を探すのと同じだ。先生のUFOに関する御言葉が科学者たちに伝えられていたなら、その多くの人力と学問が人類のためにより良いことに使われたであろうにという残念さがある。私たちはこの時代に先生から科学と宗教が一つになる、神様とイエス様の明快な真理の御言葉を通して霊的な無知と肉的な無知から抜け出て世の中に惑わされない人生を生きるようになった。摂理人生がどれほど幸せで感謝すべき人生であるか!




摂理の月刊誌「チョウンソリ」2008年11-12月号より
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