摂理のほんやくコンニャク
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CATEGORY : 御言葉
<2009年8月9日 主日の御言葉>
DATE : 2009-08-10-Mon  Trackback 0  Comment 0
心の啓示だ
心の目で見なさい



本文:エペソ人への手紙1:17−19


ハレルヤ!主の平安を祈ります。主を愛するとき、主の心にふさわしく愛さなくてはいけません。霊界で見ると、肉界で考えるのと異なります。主を愛することにおいて認められた人が、先生を愛する人として認められます。先生の気に入るように愛することもできないのに、どうして先生がその人を見てふさわしいと言うでしょうか。
主はちょうど田舎の上の田と同じです。皆さんが主に愛で接することは、ちょうど水と同じです。主という上の田に愛という水がいっぱいに満たされると、その下の田まで水が溢れて流れて来ます。その下の田は先生です。
上の田に水がまず流れて行くのが自然の法則であり、順理であるように、摂理歴史もまず主に愛で接することが充分に満ち溢れなくてはいけません。上の田に水が満ち溢れて来てこそ下の田にも水が流れて行きます。いつもこのように接しなくてはいけません。

イエス様を信じれば誰でもイエス様が下さる啓示を受けることができます。しかし啓示を受けたらよく分別しなくてはいけません。啓示を受けたら、サタンが与える啓示なのか、あるいは自分の意思で悟ることなのか、あるいは霊的な世界に入って行くから学んだことが体系的に思い浮かぶことなのか、分別するのが難しいです。だから主を直接見せて下さいと言います。けれど目で見ることだけが確認する方法ではありません。耳で聞くのも確認することだし、心で感じることも確認することです。
主は「目の門を通してだけ来るのではない。こうだから話してあげなさい。」とおっしゃいました。私たちには主が入って来られる門がたくさんあります。目で見せながら目の門から入って来られるし、耳で聞かせながら耳の門から入って来られるし、対話でおっしゃりながら口の門から入って来られるし、感じさせながら心情と心の門から入って来られます。それから私たちが行なうときに行動の門から入って来られます。

主が皆に伝えて下さる啓示がありますが、すなわち主日の御言葉と水曜の御言葉を通して与える啓示です。この御言葉を切実に聴いて悟ろうとする時に、最も多くの答えをもらうようになるし、応えてもらうようになるし、悟って分かるように啓示して下さいます。これは御言葉の啓示です。

主が私たちの前に来られると、見えなくても平安が訪れるし、感動するし、主の心が感じられます。主が自分を深く愛する心を分かってあげる時は、息もできないほどに心情が感じられ、締め付けられます。「私があなたをあれほど愛し、あれほど大切にしてあげて接しているのに、そんなに分からないのか。」と言って胸を焦がし、心情を焦がす主の熱い心が感じられます。
そして自分も気づかないうちに告白するようになります。約束するようになります。霊魂深く悟るようになります。涙が流れて川になります。主の咽びが胸に迫ってきます。世の中の全てが感じられ、摂理の全てが感じられます。兄弟たちの立場が感じられ、理解できます。彼らのために祈るようになります。これまで主が主日の壇上と水曜の壇上を通しておっしゃったことが全て思い出されます。過ぎし日に主が助けて下さったことが全て思い出されます。できなかったことがすべて思い出され、むせび泣くようになり、主に申し訳なくて頭を上げることができません。

このように、主が目で見せて下さらなくても心情で感じ、心で感じ、染み入ることがもっと衝撃的に主を悟らせ感じさせます。だから主は目で見せて下さって一時的に目が奪われるようにするより、お見せにならず、魂で感じ、心情深く霊魂まで感じてむせび泣くようにします。このようにして全身と心と霊魂が感じて満ちるようになさるということです。信じますか。
主は「言葉でも表現しきれないし、目で見せても伝えきれないし、耳で聞かせても伝えきれない。」とおっしゃり「ただ心と感じで伝わる。千言の言葉より心情深く感じなくてはいけない。」とおっしゃいました。

このように主は「私を目で瞬間見るより、見えなくても心で感じ、心情で感じ、全身と魂と霊で感じるときにたくさん感じるようになる。全ての摂理人たちにこのように働きかける。」とおっしゃいました。
サタンや悪魔が前に来ると平安が来ません。心が不安だし、焦るし、畏れの感情が来るし、疑いの心が湧きます。また異性的な感情と様々な異常な感情が来ます。サタンはうんこと同じで、腐ったものと同じだから、腐った臭いばかり漂わせて、香りは漂わすことができません。サタンが来るとそのままサタンの臭いがします。恐ろしいです。言葉も怖く話し、行動もひやりとします。もう主がどうして見せてくれずに働きかけられるか分かったでしょう。
心情の恵みが大きな恵みです。この恵みを受けると神様の心と聖霊様の心と主の心をよく分かるようになります。だから兄弟たちの心をよく分かって慰めるようになり、ほめるようになり、主の心で接するようになります。使徒パウロは「わたしたちはキリストの思いを持っている」と言いました。
(コリント?2:16)「『だれが主の思いを知って、彼を教えることができようか。』しかし、わたしたちはキリストの思いを持っている。」

主の心情の啓示の中で「どうしてあなたがたは私の心情を分からないのか。わたしは摂理人一人一人を愛して大切にしてあげ、その時その時よく接してあげているのに、どうしてあなたは分からないのか。」という啓示が本当に多いです。また主は「再臨の時が近づいた。あなたがたが患難の日に遭う時になってやっと私が言ったことを信じるのか。人々は私が話す時は信じても、少し関心を置いたり信じたりしても、すぐに忘れてしまって患難と苦痛のその日が迫る時になってやっと恐れて私を探す。」と言って主は心情を打ち明けられました。

聖霊で生まれ変わって神様の霊が臨んで生きる人が患難を避ける人です。主を迎えて生きる人が患難を避ける人です。主の再臨の時に主を迎えるには、今主を迎えていつも主と通じながら生きなくてはいけません。今迎えられなければ再臨の時も迎えられません。
主はおっしゃいました。「急がなくては絶対に私を迎えられない。まだ私を命を懸けて迎えようとしない精神異常の人たちがいる。彼らには災難の日がだんだん迫って来る。災難が迫った時に私を呼んでも答えることができないし、送った災難はそのまま戻りはしない。私を迎えた人は私が離れても、ちょうど恋人が離れてからもいつも電話で通じるように、心と心情の電話でいつも通じる。彼らには災難の代わりに祝福が訪ねて来て、患難の時もパーティをする。」とおっしゃいました。先生も患難の時に心のパーティをしています。

今は、主をお迎えして主と一緒に生きる人が最高のスターです。世の中のスターが良かったなら、先生もやったでしょう。主の懐に抱かれたスター、主の御言葉をよく聴くスター、主の御言葉に従順するスターにならなくてはいけません。今この時代はそういう時代です。
神様の全知全能な愛と、主の共になさることと、聖霊様の感動、感化、御働きが満ちることを祝福します。アァメン。




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