摂理のほんやくコンニャク
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CATEGORY : 御言葉
<2009年7月26日 主日の御言葉>
DATE : 2009-07-27-Mon  Trackback 0  Comment 0
勝利を得る者、その代価と祝福

本文:ヨハネの黙示録3:4−5、12、21


ハレルヤ!全知全能な神様の慈悲と、主の愛と、聖霊の熱い感動と御働きが、今日も御言葉を聴く全ての人たちに満ちることを祝福します。
全知全能な神様に仕え、愛し、その御言葉を聴いて従順することと、私たちを救って下さり、いつも共に助け導いて下さる主を信じて生きることが、人生において最高の幸せな道です。この道を行くに当たって辛く難しいとしても幸せなのです。現在は生きることが嬉しく、いろいろなものを享受して、快楽の中で、食べて楽しむとしても、結局滅亡と苦痛の永遠な地獄へ行く人生の道であるなら、笑うべきことではなく、喜ぶべきことではありません。しかし現実の人生の中で主を信じながら、苦痛と困難と痛みがあっても、未来に永遠な天国に行くことを思い、その世界を考えると、悲しむべきことではなく、泣くべきことではありません。笑うべきことであり、喜ぶべきことです。

幸せとは、一時的に、暫く幸せなことではないと言いました。それは真の幸せになり得ないと言いました。主は「自分の幸せを悟ってこそ享受する。」とおっしゃいました。

今日の御言葉の主題は「勝利を得なさい」です。勝利を得てこそ永遠に生きる人になり、天国に行って生きることができます。
今日の本文の御言葉を見ると、主がその弟子、使徒ヨハネに見せて下さり、啓示なさった御言葉が出てきます。信仰によって主をメシアと信じながら全てのことに勝利を得てこそ白い衣を着ると言いました。白い衣を着なければ天国に行くこともできません。この世で生きるときもその霊が白い衣を着ていない人はまだ天国の民として生きられていない人です。
聖書で主は「あなたがたの善良な行いがすなわち汚れのない麻布の衣」だと表現なさいました。「光り輝く、汚れのない麻布の衣は聖徒たち、すなわち信じる人たちの正しい行いのことだ。」とおっしゃいました。
(黙19:8)『彼女は、光り輝く、汚れのない麻布の衣を着ることを許された。この麻布の衣は、聖徒たちの正しい行いである。』
神様を信じず、メシアでいらっしゃるイエス様、すなわち主を信じなければ、善良でも、汚れのない麻布の衣を着ることができず、天国に行くことができません。いくら慈悲を施し、一生幼子のように善良に生きても、神様とメシア、イエス様を信じなければ天国は行けません。
地獄の使者たちに地獄へ行った人たちの霊魂たちが「私たちは宗教生活をしながら善良に生きたのに、どうして地獄に来ましたか。」と訊くと、地獄の使者たちが「こいつ。常識を訊くのか。いくら善良に生きても、神様を信じてイエスを信じなければ地獄に来る。」と言いました。
この世で知るべきこのことを地獄に行ってからやっと知るようになったら、どれほど無念ですか。よく、善良に生きたから「私たちは天国に行く。良い霊魂の世界に行く。」と言いますが、死んだ後には天国、でなければ地獄に決定されます。善良な霊界があるにはありますが、そこに暫く立ち寄って結局天国か地獄へ行きます。善良な霊界は待機所に過ぎません。はっきりと分かって生きなくてはいけません。
地獄の苦痛を全て味わってみたでしょう。劇的に苦しいとき、劇的に苦痛を受けるとき、少しずつ地獄の苦痛を味わってみたのです。天国も味わってみたでしょう。劇的に嬉しいとき、劇的に良いとき、天国を味わってみたのです。永遠に嬉しく楽しく生きたいなら、神様を絶対的に信じて仕え、イエス様をメシアと信じ、罪を悔い改め、清い人になって、救われて、天国に行くように生きればいいです。
ただイエス様を信じて教会に通うだけでなく、主を恋人よりはるかに愛し、生活の中で仕えて生きなくてはいけません。世の中ですることを全てしながら自分なりに主を信じて信仰生活しては絶対にいけません。自分の恋人を放っておいて世の中ですることを全てして自分の思い通りにしたら、それが本当の愛ですか。恋人なら恋人が願うとおりに愛しながら生きてあげなくてはいけません。まして自分を救われる全能な主でいらっしゃいます。その方を絶対に愛し、その言葉に従順し、その方がさせるとおりにしてこそ、その功績によって天の国に行きます。

どのように戦いをしてこそ勝利を得ることができるのか教えてあげます。
神様は全能でいらっしゃり、永遠に存在なさる方で、私たちの霊の父でいらっしゃり、また別のセンターで見ると、天地、霊界と肉界の王でいらっしゃいます。統治者でいらっしゃいます。神様は地獄も統治なさり、サタンと悪魔もすべて統治なさいます。もし悪魔を思い通りに統治できなかったら、悪魔が天国も侵犯し、地獄からも出て来てしまうでしょう。それだけでなく、神様はこの世を統治なさり、天国を統治なさり、万物を統治なさいます。

私たちは神様を絶対に信じ、尊く思い、愛し、その御言葉に従順して生きなくてはいけません。その方がこの世を救いなさいと遣わされた息子、イエス様を通して全ての人々を罪から贖い、全ての罪を悔い改めさせ、地獄に行く人たちを天国へ来させました。だからイエス様を救い主として信じ、神様がその方を通しておっしゃった御言葉を命の御言葉と信じて従順し、絶対にその方と一体となって生きなくてはいけません。そうしてこそ勝利を得た者になります。

このように、神様と主を絶対に信じ、愛し、仕えて、その御言葉に従順し、一体となって生きれば、サタンと戦ってもみず、サタンに打ち勝った人になります。
サタン、悪魔は私たちの天敵です。悪質です。うそつきです。害を与え、病気を与える存在です。人を通して働きかけ、心を傷つけさせ、苦しめ、怖がらせ、神様を疑わせ、主を信じられないように妨害します。そうして結局私たちの霊魂を地獄へ引っ張って行ってあらゆる苦痛を与えて地獄の火の海、その熱いどろどろの鉄の中に入れ、ぐらぐらとたぎる鉄を私たちに食わせて、数百種類に苦痛を与えます。そのサタン、悪魔にこの世で打ち勝たなくてはいけません。
先に話したとおり、神様と主を絶対に信じてその御言葉に従順すれば子供も大人も誰でもこの悪質な悪魔に打ち勝つことができます。

またどんな人が勝利を得る者なのか話します。
怠ける人は勤勉であってこそ勝利を得る者になります。深く祈る人が勝利を得る者です。自分の罪を悔い改めて義人になってこそ、勝利を得た者になります。全てのことにおいて神様を恨まず、神様と主と聖霊様に感謝して、三位の神様に栄光を帰し、讃美してこそ勝利を得る者になります。
平和にする人が勝利を得る者です。謙遜な人が勝利を得る者です。兄弟のために生きてあげ、犠牲になり、奉仕し、哀れに思う人が勝利を得る者です。節制する人が勝利を得る者です。一片丹心、最後まで忍耐して行く人が勝利を得る者です。
完全な主の啓示を受ける人は勝利を得た者たちであり、主の御言葉を火のように伝えてくれる人は勝利を得た者です。サタン、悪魔たちが兄弟たちを通してあらゆる濡れ衣を着せて悪評し、中傷し、策略をめぐらしても、耐え忍んでひたすら神様と主だけ信じて先生について来た人は、勝利を得た者です。妬んだり嫉妬しないで、恨んだり不平を言わないで、全てのことに感謝し、神様を讃美して生きる人は勝利を得た者です。
患難と迫害の中で耐えた人は勝利を得た者です。うそを言わないで、真実の話だけをした人は勝利を得た者です。どんな環境や逆境にも屈服せず感謝して、神様と主にたゆまず仕えて愛して生きる人は勝利を得た者です。勝利を得ている人生を生きる人たちです。
異性の誘惑に打ち勝って生きなくてはいけません。異性に溺れないで、異性に関してきれいに生きる人は、異性に打ち勝った人です。勝利した人です。悪魔は男女間に非常に積極的に、巧妙に働きかけながら、偶発的に堕落をさせます。これに陥らなかった人、騙されもしなかった人は、異性の悪魔と悪霊たちに打ち勝った人です。
世の中の物質と財物を処理し主管するのは良いですが、それに溺れたり引っ張られて生きたら、物質と財物に本当に敗れた人です。お金と物質において勝利を得た者にならなくてはいけません。名誉に打ち勝たなくてはいけません。酒を飲まずタバコを吸わない人は勝利を得た者です。欲張らないで打ち勝たなくてはいけません。悪に対して善で戦って打ち勝たなくてはいけません。悪を行なわず善を行なうことが、打ち勝ったことです。
罪を悔い改めた人は、罪と戦って勝利を得た者です。お祈りを最後まで深くする人は、お祈りで勝利を得た者です。聖書を毎日読むべき分、読む人は、御言葉を読むことにおいて勝利を得た者です。慎み、時間を惜しんで信仰に使う人は時間と戦って勝利を得た者です。
この全てのことと戦って打ち勝たなくてはいけません。子供から大人に至るまで、年齢と関係なく、自分の力で、自分の肉体で、自分に該当することと戦って全て打ち勝たなくてはいけません。幼いからと言って打ち勝てなかったり、大きい人だからと言って打ち勝てる戦いではありません。特に恵みを受け、聖霊を受けて、神様の霊が臨み、主と一緒に一体となって、能力で打ち勝ち、祈って打ち勝ち、知恵で打ち勝ち、喜びで打ち勝つのです。
主は「勝利を得る者には白い衣を着させ、天の国のいのちの書にその名を記録し、神様と天使の前で認めさせる。」とおっしゃいました(黙3:4−5)、「勝利を得るものは、神様の国の聖殿の柱にならせ、その柱にその名を刻んであげる。」とおっしゃいました(黙3:12)。「勝利を得る者は主が用意した御座に座らせてあげる。」とおっしゃいました(黙3:21)。

ノア・アブラハム・イサク・ヤコブ・ヨセフ・ダニエル・モーセ・ヨシュア・ダビデ・エゼキエル・エステル・モルデカイ・ギデオン・エリヤ等、神様の預言者たちと中心人物たちは、全て勝利を得た者たちです。
自分が決心して主を絶対に信じ、神様を愛し、祈って耐え忍べば、悪魔にも打ち勝ち、悪い人にも打ち勝ち、過酷に接する人たちにも全て打ち勝ち、異性で誘惑する人たちにも打ち勝ち、世の中にも全て打ち勝つことができます。実際、私たちは前に天国と地獄を置いて戦うのです。負けたら地獄へ行かなくてはいけません。打ち勝ってこそ天国へ行くようになります。
子供も、青年たちも、壮年たちも、自分の前に戦うべきものが自分の分だけやって来るから、自分の力を持って、能力の神様と主と共に戦えば、充分に打ち勝つことができます。誰でも自分がすべきことをやって、すべきでないことをしないでいてこそ、打ち勝つことができるから、結局自分が問題です。
私たちはこれまでどのように打ち勝ちましたか。耐え忍んで善で戦って打ち勝ちました。主の弟子たちも勝利を得た者たちです。主を絶対に信じて従い、その御言葉に従順した人たちは皆、打ち勝ちました。負けたら悪魔に引っ張って行かれて地獄へ行きます。
主が「勝利を得る者は白い衣を着せられて輝かせ、その名を天の国のいのちの書に記録して、神様も天使たちも証する。」とおっしゃいました。誰かが分かってくれなくて寂しく思ったり、心を痛めて挫折させる言葉を言い、衝撃的なことに遭っても、絶対に倒れないで打ち勝たなくてはいけません。アァメン。

神様の全知全能さと、主イエス・キリストの愛と、聖霊様の熱い感動、感化、御働きによって打ち勝つ人たちになることを、三位の御名で祝福します。アァメン。




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