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CATEGORY : 御言葉
<2009年5月31日 主日の御言葉>
DATE : 2009-06-02-Tue  Trackback 0  Comment 0
分れ争う者は荒れ果てる
本文 マタイによる福音書12:25−26、30−31

神様の全知全能さと主の恵みと真理によって平安であることを祈ります。
主が彼らの思いを見抜いておっしゃいます。「おおよそ、内部で分れ争う人は荒れ果ててしまい、内わで分かれ争う町や家や個人は立ち行かない。」
イエス様がこの世にいらっしゃったとき、パリサイ人たちとサドカイ人たちは内部で分れ争い、派を分け、争い、主に害を及ぼしました。
主は彼らをご覧になって「あなたがたは分かれ争うことによって滅びるようになり、荒れ果てるようになり、倒れて立ち上がれないだろう。あなたがたが分れ争って私の羊たちを引っ張って行き、あなたがたの主観を立てようとするが、あなたがたの思い通りにあなたがたの主観を立てられず滅びるだろう。」とおっしゃいました。
結局分れ争った人たちの末路は滅亡と荒廃で終わってしまいました。彼らはサタンの主管を受ける人たちになり、悪霊たちがその心を主管して使う人たちになりました。
それで主は「私があなたの心の中の悪霊を追い出せば神様の国と心の天国が臨むだろう。そうでなければ心が苦しい地獄になるだろう。」とおっしゃいました。
主について行く途中で信仰を捨てた人たちが、主に従う人たちを引きずり出して、自分の意を成そうとしました。それで主が「あなたがたは立ち行かず、荒れ果てる。」とおっしゃいました。
サタンと悪霊はそういう人たちの心を主管します。だから絶対にサタンの誘惑に引っかからないで断ち切りなさいと主がおっしゃるのです。話したのに聞かない人たちは左側に置くと主はおっしゃいました。マタイによる福音書25:33に、羊は右側に置き、やぎは左側に置くとあります。右側は天国のことを言い、左側は地獄のことを言ったのです。
終末の時、再臨による患難がすでに始まったということを皆知っています。患難は「神様の裁き」です。
主は「過去も考えないで、未来も考えないで、今を考えなさい。」とおっしゃいました。今自分が主の前によくやっているのか、鏡に自分の顔を映して見るように、主の御言葉で自分を映して見なさいとおっしゃいました。
御言葉に引っかかった人は死亡の道にいる人であり、左側にいる人です。すぐに悔い改めて反省しなければ、だんだん自分が出て来れない深い落とし穴へ行ってしまいます。
主がおっしゃるときは最後に悔い改める機会があり、反省する機会があるのです。地獄は自分が同調して行くものだと言いました。サタンの主管を受けて自分が好んで「不法」を行なって行くのです。今日、主はその「不法」とは内部で分れ争う人たちだとおっしゃいました。

主は私たちにお尋ねになりました。「あなたがたはどの道を選択するのか。」
「こっちへ行こうか、あっちへ行こうか。摂理を出て行こうか、このままいようか。」と右往左往する人たちをご覧になって主は「あなたがたの前に二つの道がある。死亡の道と命の道だ。早く一つを選びなさい。」とおっしゃいます。
恵みを受けて熱心にやる人たちには困難に二つの道が現れません。そのようにできなかった人たちに困難に二つの道が現れて「どうしようか。」と悩ませます。心が堅固でない人を主はお選びになりません。

自分の内部で分れ争ってはいけません。自分の肉の考えと自分の霊の考えが分かれ争ってはいけません。そして教会の中で派を分けないで、皆一つにならなくてはいけません。サタンは分れ争いの霊です。サタンの主管を受けると分れ争うようになります。

御言葉で言わなくても各自は毎日行なったとおりに受けています。各自行なったとおりに毎日裁きを受けたり祝福を受けたりしています。自分が祝福を受けたのか、災いを受けたのか、捨てられたのか、自分たちはよく分かります。自分たちが恵みを受ければ自らよく分かります。
自分を冷徹に判断し「神様と私、主と私」の人生にならなくてはいけません。先生によく見せようとしないで、主の前に遜色があってはいけません。きれいでなくてはいけません。毎日自分の行いを悔い改めなくてはいけません。毎日洗って磨くように、毎日ごはんを食べるように、毎日寝るように、信仰もそのようにしなくてはいけません。

聖父・神様の大きな愛と主の恵みと慈悲が充満し、聖霊様の感動・感化・御働きが充満することを祝福します。アァメン。




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