企画記事:テアンを行く
奉仕は主の教えを行いで証することのできる貴重な実践
黒い岩のような色の水を吐き出すテアン・モハンの砂礫地。CGM(摂理)奉仕団が昨年12月25日から奉仕活動を始めたテアンの悲劇的な現場を訪問した。防波堤は満潮時、海水が吐き出した真っ黒な油の塊に浸かっていた。人々の手が届かなかった所々の痕跡を通して、事故発生当時の悲惨さを推し量ることができた。
「人間の過失による人災でした。しかし同時に天災だとも言えます。」そこに常駐し、奉仕活動を導いているチョ・ナミョンCGM奉仕団団長の言葉だ。人間の過失によって流出した油は政府当局が当初予想していたよりはるかに速い速度で海流に乗って広がっていった。
12月、西海(黄海)は年末の浮き立つ雰囲気の中に祝祭準備の真っ最中だった。西海岸の開発が始まって西海岸はコンドやペンションが帯を成し、年末を迎えて書き入れ時の準備をするのに西海岸はせわしかった。しかし12月7日、青い海は油槽船が吐き出す黒い涙で真っ黒に変わっていった。CGM奉仕団は、下半期の御言葉修了式があった22日以降、25日からテアン半島を支援するための奉仕活動に参加した。
「年末の裁きについての御言葉がしきりに出ていた時だったので、テアン事件について人災か天災かという話をよくしていました。しかし国家災難地域を助けなさいという先生の御言葉に従って奉仕活動に参加することに決定しました。」CGM奉仕団が活動しているここモハンは流出地域から3.5km離れたところに位置し、砂浜がある別の西海に比べて砂礫地と岩で成されていて難コースとして有名だ。「最初ここに着いたときは海岸に近づける道さえありませんでした。空輸部隊とフォークレーンが動員されて道を造り、そこに私たちが配置されました。若い人たちが多いという話を聞いて、テアン郡から特別に私たちにお願いされたんです。」黒い原油で覆われた岩と砂利が広がった海岸を見渡しながらCGM奉仕団長は語った。
「CGM奉仕団は毎日100余名ずつここに来て奉仕活動をしてくれています。最後の作業まですっきりとやってくれているので、今日の奉仕者たちのリーダーとしての役割を十分果たして下さることを期待しています。」郡庁職員の声が拡声器を通して朗々と響いた。奉仕活動を終えてここを離れる大部分の奉仕者たちは自分たちが使った後の手袋や長靴を含む物品を適当に放ったまま帰るのが常だ。CGM奉仕団はそのように放って帰った物品を整理し始めた。ここでCGMは最も大きな規模の奉仕団ではない。しかしたゆまず最後までやる姿を見てここの住民たちと政府はCGMをここの「奉仕団のリーダー」と呼ぶのをためらわない。「一日にも数千人の奉仕者たちが来て帰ると捨てられた防除服と長靴が山を成します。公務員たちの人数も少ないし、当初は地域住民たちの協力もほとんどなくて、後始末の整理を私たちがし始めました。今は『2000人の奉仕者が来たからCGMの100人がリーダーになって下さい』とお願いされたりもします。」チョ・ナミョン団長の言葉だ。
ここにはCGM奉仕団を含めてキリスト教連合奉仕団とカトリック、円仏教等様々な宗教団体から支援の手を送って来ている。社会的な認識を変えるにあたって奉仕活動の役割は大きい。そのためここの円仏教を含めて様々な宗教団体が救護活動に参加してその活動事項を対外的に知らせる広報活動に積極的だ。「円仏教の場合、仏教やキリスト教から宗教的には偏見と少数者の位置にありますが、奉仕活動に積極的だと評価するので政府側からも住民たちからも認識がよいです。社会的な偏見と誤解から摂理を正しく知らせるのに奉仕活動がどんな役割を果たせるのか、そして先生が奉仕の条件を立てて下さいと仰った御言葉の意味を悟るようになりました。」CGM奉仕団長は、隣人のために生きていく奉仕の生活が主の教えを行いで証することのできる貴重な実践であることを重ねて強調した。奉仕活動に通った摂理の家族たちにもインターネットを通して映像や文章で後日の記録を残して摂理を証するところに助けになって下さいという依頼も付け加えた。(ネイバーカフェ「テアン半島を助けましょう」を活用)
神様が創造なさった万物がきれいになることを願う心で油気で染みがついた岩をしきりに磨いていく中高等部のメンバーにそーっと近づいて行った。「先生が、岩は神様を象徴すると仰ったのに、岩が黒い油で覆われているから、すごく心が痛みます。人々が間違って神様の心がこんなふうに真っ黒に腐っているんじゃないかと思うとすごく申し訳ないです。」マスクと帽子でしっかりと包んで顔さえ見分けにくい幼い少女の声は細かく震えた。きつい油の臭いで頭がずきずきし、目がちくちく痛かったが、問題ではなかった。岩を拭いている幼い手の動きに、神様に対する申し訳なさと神様の傷を覆って差し上げたいという切実さがこもっていた。「今でさえ5m前が見えないくらいに霧がひどいです。作業ができるかもはっきりしない状況だったでしょう。でも朝、嘘のように霧が晴れたんです。ここに来た中高等部たちの熱気を見ると理由が大体分かるでしょう。」
三々五々、頭を突き合わせて油でまみれた岩と砂利を拭いていた時、携帯電話から流れてくる音楽が聞こえた。「無条件」だ。岩を取り囲んで一群のCGMが携帯電話で「無条件」をかけてダンスを踊るように岩を拭いて天に栄光を帰す姿をとらえた。伴奏の音は小さかったが、讃美の声は決して波の音に負けていなかった。人の手でなければできない仕事。防除業者を動員したりもしたが、効果はなかった。人の手が一つ一つ集まってやるしかない仕事だ。砂利一つ一つを両手で覆って人間の足りなさを懺悔するかのように拭くしかないのがここテアンだ。「何箇所かは外からはきれいに見えますが、シャベルで土をすくうと油がまた湧き出ます。岩と砂利も布では拭けない隙間の中の油がたまっていて金串で掻き出さなくてはいけません。」CGM団長の言葉だ。なんともなく見えていた砂浜もシャベルで掘ってみると黒い油が染み込んでいて吸着布で拭かなくてはならなかった。天の前に私たちの清さはどんな姿であるべきか。作業は長く続けられなかった。2時半くらいになると水が入って来るからだ。与えられた時間は満潮になる前まで。その時を守って勤しんで真っ黒な油を拭かなくてはならない。海水は待ってくれず、時になると違わず押し寄せて来た。
「西海岸の37個の作業場の中でここモハンが一番組織的で秩序正しく防除作業が進んでいます。雲のように集まって来るボランティアたちのおかげで住民たちも積極的に参加しています。最初は住民と郡庁の間に意見の対立があって住民たちの反発がひどかったのです。しかしこのようにCGM以下多くの奉仕団が全心で助けてくださる姿を見て奉仕者たちの世話は私たちがしなければと言って住民たちも一つになって積極的に参加されています。特にCGM奉仕団は一度で終わらず続々と来て下さって、どれほど感謝したか分かりません。若い学生たちの姿を見ながら、まだ私たちの国の未来は明るいなあと思うようになりました。このような学生たちは花のようにきれいですね。感謝しています。」テアン郡庁の福祉課長カ・チャンヒョン氏の言葉だ。今は油が凍っているが、春になると油が溶けて流れてくるので、奉仕活動を夏休みまで続けなくてはいけないようだと言って、CGM奉仕団の助けを要請した。そこでCGM奉仕団長は、既に当初の日程を延ばして今後も活動を続けることに決定したと答えた。
西海岸の30余箇所が黒い油の爆撃で蚕食されている時、CGM奉仕団が奉仕活動をしているモハンから自動車で15分離れた距離にある「モンサンポ」は無事だった。「海流の影響で水流が傾いて、先生が西海岸の満ち潮を止めた奇跡を見せられた「モンサンポ」は全く被害を被りませんでした。」事件が起こる以前と同じくモンサンポは以前の清い清浄な姿そのままだと団長は語った。奉仕活動を終えた後、モンサンポに立ち寄った摂理のメンバーたちは、そこで神様の働かれたことを目で確認し、驚きと畏敬の念を隠せなかったと言う。
ここモハンでの奉仕活動は今後も続けられる。現在までに来た摂理のメンバーは3000人余り。その中に新入生が400人くらいを占めている。国家と民族は「大きな私」だと仰り、民族の困難のために祈って自ら実践なさった先生。CGM奉仕団は先生の思想にしたがって、岩一つ、石一つを拭きながら民族の痛みを癒して下さることを天の前に祈りながら実践した。そして今後も犠牲と愛の奉仕を通して天を証し、世の中に向かって出て行くだろう。
イ・ジョンファ記者
摂理の月刊誌「チョウンソリ」2008年1-2月号より
この記事は、こちらのサイトでも読めます。http://cgm.or.kr/
奉仕は主の教えを行いで証することのできる貴重な実践
黒い岩のような色の水を吐き出すテアン・モハンの砂礫地。CGM(摂理)奉仕団が昨年12月25日から奉仕活動を始めたテアンの悲劇的な現場を訪問した。防波堤は満潮時、海水が吐き出した真っ黒な油の塊に浸かっていた。人々の手が届かなかった所々の痕跡を通して、事故発生当時の悲惨さを推し量ることができた。
「人間の過失による人災でした。しかし同時に天災だとも言えます。」そこに常駐し、奉仕活動を導いているチョ・ナミョンCGM奉仕団団長の言葉だ。人間の過失によって流出した油は政府当局が当初予想していたよりはるかに速い速度で海流に乗って広がっていった。
12月、西海(黄海)は年末の浮き立つ雰囲気の中に祝祭準備の真っ最中だった。西海岸の開発が始まって西海岸はコンドやペンションが帯を成し、年末を迎えて書き入れ時の準備をするのに西海岸はせわしかった。しかし12月7日、青い海は油槽船が吐き出す黒い涙で真っ黒に変わっていった。CGM奉仕団は、下半期の御言葉修了式があった22日以降、25日からテアン半島を支援するための奉仕活動に参加した。
「年末の裁きについての御言葉がしきりに出ていた時だったので、テアン事件について人災か天災かという話をよくしていました。しかし国家災難地域を助けなさいという先生の御言葉に従って奉仕活動に参加することに決定しました。」CGM奉仕団が活動しているここモハンは流出地域から3.5km離れたところに位置し、砂浜がある別の西海に比べて砂礫地と岩で成されていて難コースとして有名だ。「最初ここに着いたときは海岸に近づける道さえありませんでした。空輸部隊とフォークレーンが動員されて道を造り、そこに私たちが配置されました。若い人たちが多いという話を聞いて、テアン郡から特別に私たちにお願いされたんです。」黒い原油で覆われた岩と砂利が広がった海岸を見渡しながらCGM奉仕団長は語った。
「CGM奉仕団は毎日100余名ずつここに来て奉仕活動をしてくれています。最後の作業まですっきりとやってくれているので、今日の奉仕者たちのリーダーとしての役割を十分果たして下さることを期待しています。」郡庁職員の声が拡声器を通して朗々と響いた。奉仕活動を終えてここを離れる大部分の奉仕者たちは自分たちが使った後の手袋や長靴を含む物品を適当に放ったまま帰るのが常だ。CGM奉仕団はそのように放って帰った物品を整理し始めた。ここでCGMは最も大きな規模の奉仕団ではない。しかしたゆまず最後までやる姿を見てここの住民たちと政府はCGMをここの「奉仕団のリーダー」と呼ぶのをためらわない。「一日にも数千人の奉仕者たちが来て帰ると捨てられた防除服と長靴が山を成します。公務員たちの人数も少ないし、当初は地域住民たちの協力もほとんどなくて、後始末の整理を私たちがし始めました。今は『2000人の奉仕者が来たからCGMの100人がリーダーになって下さい』とお願いされたりもします。」チョ・ナミョン団長の言葉だ。
ここにはCGM奉仕団を含めてキリスト教連合奉仕団とカトリック、円仏教等様々な宗教団体から支援の手を送って来ている。社会的な認識を変えるにあたって奉仕活動の役割は大きい。そのためここの円仏教を含めて様々な宗教団体が救護活動に参加してその活動事項を対外的に知らせる広報活動に積極的だ。「円仏教の場合、仏教やキリスト教から宗教的には偏見と少数者の位置にありますが、奉仕活動に積極的だと評価するので政府側からも住民たちからも認識がよいです。社会的な偏見と誤解から摂理を正しく知らせるのに奉仕活動がどんな役割を果たせるのか、そして先生が奉仕の条件を立てて下さいと仰った御言葉の意味を悟るようになりました。」CGM奉仕団長は、隣人のために生きていく奉仕の生活が主の教えを行いで証することのできる貴重な実践であることを重ねて強調した。奉仕活動に通った摂理の家族たちにもインターネットを通して映像や文章で後日の記録を残して摂理を証するところに助けになって下さいという依頼も付け加えた。(ネイバーカフェ「テアン半島を助けましょう」を活用)
神様が創造なさった万物がきれいになることを願う心で油気で染みがついた岩をしきりに磨いていく中高等部のメンバーにそーっと近づいて行った。「先生が、岩は神様を象徴すると仰ったのに、岩が黒い油で覆われているから、すごく心が痛みます。人々が間違って神様の心がこんなふうに真っ黒に腐っているんじゃないかと思うとすごく申し訳ないです。」マスクと帽子でしっかりと包んで顔さえ見分けにくい幼い少女の声は細かく震えた。きつい油の臭いで頭がずきずきし、目がちくちく痛かったが、問題ではなかった。岩を拭いている幼い手の動きに、神様に対する申し訳なさと神様の傷を覆って差し上げたいという切実さがこもっていた。「今でさえ5m前が見えないくらいに霧がひどいです。作業ができるかもはっきりしない状況だったでしょう。でも朝、嘘のように霧が晴れたんです。ここに来た中高等部たちの熱気を見ると理由が大体分かるでしょう。」
三々五々、頭を突き合わせて油でまみれた岩と砂利を拭いていた時、携帯電話から流れてくる音楽が聞こえた。「無条件」だ。岩を取り囲んで一群のCGMが携帯電話で「無条件」をかけてダンスを踊るように岩を拭いて天に栄光を帰す姿をとらえた。伴奏の音は小さかったが、讃美の声は決して波の音に負けていなかった。人の手でなければできない仕事。防除業者を動員したりもしたが、効果はなかった。人の手が一つ一つ集まってやるしかない仕事だ。砂利一つ一つを両手で覆って人間の足りなさを懺悔するかのように拭くしかないのがここテアンだ。「何箇所かは外からはきれいに見えますが、シャベルで土をすくうと油がまた湧き出ます。岩と砂利も布では拭けない隙間の中の油がたまっていて金串で掻き出さなくてはいけません。」CGM団長の言葉だ。なんともなく見えていた砂浜もシャベルで掘ってみると黒い油が染み込んでいて吸着布で拭かなくてはならなかった。天の前に私たちの清さはどんな姿であるべきか。作業は長く続けられなかった。2時半くらいになると水が入って来るからだ。与えられた時間は満潮になる前まで。その時を守って勤しんで真っ黒な油を拭かなくてはならない。海水は待ってくれず、時になると違わず押し寄せて来た。
「西海岸の37個の作業場の中でここモハンが一番組織的で秩序正しく防除作業が進んでいます。雲のように集まって来るボランティアたちのおかげで住民たちも積極的に参加しています。最初は住民と郡庁の間に意見の対立があって住民たちの反発がひどかったのです。しかしこのようにCGM以下多くの奉仕団が全心で助けてくださる姿を見て奉仕者たちの世話は私たちがしなければと言って住民たちも一つになって積極的に参加されています。特にCGM奉仕団は一度で終わらず続々と来て下さって、どれほど感謝したか分かりません。若い学生たちの姿を見ながら、まだ私たちの国の未来は明るいなあと思うようになりました。このような学生たちは花のようにきれいですね。感謝しています。」テアン郡庁の福祉課長カ・チャンヒョン氏の言葉だ。今は油が凍っているが、春になると油が溶けて流れてくるので、奉仕活動を夏休みまで続けなくてはいけないようだと言って、CGM奉仕団の助けを要請した。そこでCGM奉仕団長は、既に当初の日程を延ばして今後も活動を続けることに決定したと答えた。
西海岸の30余箇所が黒い油の爆撃で蚕食されている時、CGM奉仕団が奉仕活動をしているモハンから自動車で15分離れた距離にある「モンサンポ」は無事だった。「海流の影響で水流が傾いて、先生が西海岸の満ち潮を止めた奇跡を見せられた「モンサンポ」は全く被害を被りませんでした。」事件が起こる以前と同じくモンサンポは以前の清い清浄な姿そのままだと団長は語った。奉仕活動を終えた後、モンサンポに立ち寄った摂理のメンバーたちは、そこで神様の働かれたことを目で確認し、驚きと畏敬の念を隠せなかったと言う。
ここモハンでの奉仕活動は今後も続けられる。現在までに来た摂理のメンバーは3000人余り。その中に新入生が400人くらいを占めている。国家と民族は「大きな私」だと仰り、民族の困難のために祈って自ら実践なさった先生。CGM奉仕団は先生の思想にしたがって、岩一つ、石一つを拭きながら民族の痛みを癒して下さることを天の前に祈りながら実践した。そして今後も犠牲と愛の奉仕を通して天を証し、世の中に向かって出て行くだろう。
イ・ジョンファ記者
摂理の月刊誌「チョウンソリ」2008年1-2月号よりこの記事は、こちらのサイトでも読めます。http://cgm.or.kr/
主題;全てのことを備えておいた
本文;マタイによる福音書6:30−32
イザヤ書34:16に「あなたは主の書をつまびらかにたずねてこれを読め。」と仰った御言葉を、どの聖句よりも心に刻んでおいて、聖書を詳しく読みました。十回普通に読んだより、一回詳しく読んだほうがもっと感動があり、理解でき、今日の本文の御言葉もより深く知るようになりました。だから皆さんも聖書を読む時、詳しく読んで、より深い理解をして、恵みと感動を大きく受けることを願います。
「私の将来はどうなるのか。」という疑問を抱いて聖書を詳しく読めば、読みながら答えを悟ります。聖書を通して神様も主も答えを下さるからです。将来だけでなく、ある問題についての疑問を心に抱いて聖書を読む時、神様に答えを下さいと言って読めば、聖書の本文の内容から「これと同じくこうなる」と確信が来て、必ず答えを得るようになります。なぜなら、聖書は命の御言葉であり、神様の教訓と感動の御言葉であり、預言者たちと使徒たちと主が語られた偉大な御言葉だからです。だから正しく悟って行なえば、偉大な人生になります。
神様がある日、「神様と主のためにあなたは今、現実に何を準備しておいたし、未来に何を準備しておいたのか。」と私にお尋ねになりました。皆さんはどうですか。神様と主のためにどんなことをしてあげようと思って生きてきましたか、そうでなければいつも神様と主にして下さいとばかり言って生きてきましたか。
私はこの問いに、既にそれまで祈りながらどのようにしますと言ったことを再び話しました。また神様と主がその時その時させる通りに、願われる通りにしてあげますと答えました。そして、大変だけどもがいてこの体をもっと丈夫につくり、霊と肉をもっと健康につくって、多くの命を神様のところに帰って来させ、主に仕え、主を敬って生きるようにさせ、天の新婦たちになるように計画していると言いました。
主は、その通りになることを願うと仰り、そのために神様も主もさらに共にして下さると言いました。皆さんも神様と主のために計画し、希望をもってやったことがあるなら、それがうまくいくように祝福し、共にして下さると言いました。しかし自分のためのことと、自分を中心とした計画は、神様と主と特に関係がないから、バベルの塔のように壊してなくすと言いました。
天を愛して変わらなければ、神様が時に合わせて、現実において下さるように、未来にも下さるから、喜びを持って、忠誠を尽くさなくてはいけません。だから今のところのことが少しうまくいかないからと言って落胆せず、天の前に忠誠を尽くし、熱心にやるべきです。
元記事はこちらです
http://cgm.or.kr/
本文;マタイによる福音書6:30−32
イザヤ書34:16に「あなたは主の書をつまびらかにたずねてこれを読め。」と仰った御言葉を、どの聖句よりも心に刻んでおいて、聖書を詳しく読みました。十回普通に読んだより、一回詳しく読んだほうがもっと感動があり、理解でき、今日の本文の御言葉もより深く知るようになりました。だから皆さんも聖書を読む時、詳しく読んで、より深い理解をして、恵みと感動を大きく受けることを願います。
「私の将来はどうなるのか。」という疑問を抱いて聖書を詳しく読めば、読みながら答えを悟ります。聖書を通して神様も主も答えを下さるからです。将来だけでなく、ある問題についての疑問を心に抱いて聖書を読む時、神様に答えを下さいと言って読めば、聖書の本文の内容から「これと同じくこうなる」と確信が来て、必ず答えを得るようになります。なぜなら、聖書は命の御言葉であり、神様の教訓と感動の御言葉であり、預言者たちと使徒たちと主が語られた偉大な御言葉だからです。だから正しく悟って行なえば、偉大な人生になります。
神様がある日、「神様と主のためにあなたは今、現実に何を準備しておいたし、未来に何を準備しておいたのか。」と私にお尋ねになりました。皆さんはどうですか。神様と主のためにどんなことをしてあげようと思って生きてきましたか、そうでなければいつも神様と主にして下さいとばかり言って生きてきましたか。
私はこの問いに、既にそれまで祈りながらどのようにしますと言ったことを再び話しました。また神様と主がその時その時させる通りに、願われる通りにしてあげますと答えました。そして、大変だけどもがいてこの体をもっと丈夫につくり、霊と肉をもっと健康につくって、多くの命を神様のところに帰って来させ、主に仕え、主を敬って生きるようにさせ、天の新婦たちになるように計画していると言いました。
主は、その通りになることを願うと仰り、そのために神様も主もさらに共にして下さると言いました。皆さんも神様と主のために計画し、希望をもってやったことがあるなら、それがうまくいくように祝福し、共にして下さると言いました。しかし自分のためのことと、自分を中心とした計画は、神様と主と特に関係がないから、バベルの塔のように壊してなくすと言いました。
天を愛して変わらなければ、神様が時に合わせて、現実において下さるように、未来にも下さるから、喜びを持って、忠誠を尽くさなくてはいけません。だから今のところのことが少しうまくいかないからと言って落胆せず、天の前に忠誠を尽くし、熱心にやるべきです。
元記事はこちらですhttp://cgm.or.kr/
まず両親を伝道して下さった神様と「救いの御言葉」を執筆して下さった先生に感謝の心を伝えます。
以前、先生が「天国に行く時、両親は必ず一緒に行くべきだ」と仰っていた御言葉がいつも気にかかっていた。摂理に来てから14年間、熱心に摂理を走ってきたと思ったが、命をかけて祈って両親の伝道を試みることができなかったということが非常に後悔された。2006年春!父が突然、肝臓ガンと診断され、初めて手術をした日、手術室の外の待機室で、震える心で祈っていると、いきなり電話がかかってきた。とても信じられない奇跡のような電話!夢に描いていた声、先生だった。牧会の発令のために下さった電話だった。父の手術の報告をすることはできなかったが、イエス様の衿に触れただけで病気が治った女の心情とはこんなだったのだろうか。既に主が共になさっているということを実感した。手術がうまくいって1年間、病気の影響もなく元気に過ごすことができた。普通は3ヶ月か6ヶ月目に再手術をしなくてはいけないので、感謝するばかりだった。
父のガン宣告以後、両親の伝道についての深刻さを悟り、深い祈りに入った。
教会は一度も行ったことがないのに、果たして信仰の不毛の地に燭台を立てることができるだろうか。
一年が流れた後、2007年は「伝道と教育の年」を宣布なさったので、必ず伝道をしなくてはと誓って、家に帰って御言葉を伝えてみようと思った。教職生活をしていた母は、1人の教え子を通して毎年悪評する電話を受けている状況だったし、またもともと宗教には特に関心がない人たちに30個論を伝えようとするから途方に暮れた。
お祈りが足りなかったからだろうと思って再び戻って来てお祈りをしていた時、ふと「救いの御言葉」を読めば心が動きそうだという霊感が浮かんだ。
「救いの御言葉」は一般の本ではない、人間の救いが左右される御言葉だから、この本を読んで信じて行なう人は誰でも時代の天国を成し、救われると仰っていた御言葉が思い出された。
「そうだ、誰でもこの本さえ読めば救われるといったから、まず本を薦めてみなくては」という考えが浮かんだ。家に帰ってわざと本を置いて来ると、数日後に母から電話がかかってきた。「あんた、どうして本を置いて行ったの?」「はい、私は全部読んだから、お母さん読んでみて下さい〜」「私がこの本を全部読んで感想を話してあげる。」序文だけ読んだところ、何か大きな感銘を受けたのか、その一言の約束と共に、そのように始まった「救いの御言葉」との縁が驚くべきしるしの歴史を起こした。
「救いの御言葉」1巻を読んだ時と2巻、3巻を読んだ時の反応は驚くものだった。まず呼び方が違っていた。お名前を呼んでいたのが、総裁から先生へと変わった。
「この時代が新婦の時代なら、神様をお父さんと呼ばずになんと呼ぶの?」
本を読んでいきながら聖書の歴史を旧約から突っ込んだ質問と反応。3巻を読んだときは電話をしてすぐ「先生が本当に理解できない。あなたたちの先生はどうしてそうだと言うの?」という脈絡のない質問に「あっ!悪評を聞いたのかな?」と瞬間緊張した。
理由はどうして人間がご飯を食べずに飢えて70日間お祈りをすることができるのかということだ。そのように生きられた先生を理解できないと言ったのだ。その文章を読んでからパンを食べていると、このパンなら先生は一ヶ月は召し上がっただろうと思って心が痛かったと言った。
そのように「救いの御言葉」を全部読んで、他の本も送ってくれと言うので説教集「命の御言葉」を送り、「私だけが歩んで来たその道」まで読んだ状態で、報道が出た。放送をそのまま信じる家族に母は「あんたたち見たの?」人々が妬み、嫉妬してそんなことを言っているのだと言い、本を読んでみれば全部神様とイエス様の話だけだし、こんなに神様をよく信じる人は見たことがないと言い、あまりにすばらしいから嫉妬しているのだと、きっぱりと話をしたということだ。
更に驚くことは、その放送を見た日から、一度もお祈りというものをしたことがなかった母が、この御言葉を全地球村の人々が皆聞いて先生を誤解しないようにして下さいと祈り始めたのだ。
本当に心の中にとめどない涙が流れた。「主の御言葉がこのように成されるんだ。」「救いの御言葉」を霊界に入って劇的に執筆なさり、読みさえすれば皆救われると仰った御言葉をより切実に悟るようになった。
その後、死ぬまでは教会に行かないと言う父を説得して御言葉を聞かせ、父も12月8日、光州の伝道集会の時、デジタル講師チームの「ブルー・オーシャンとゲートキーピング」を聞いて先生の立場を理解するようになった。
その日の夕方に帰って来て母に、放送も見て悪評もたくさん聞いたけれど、今日説明を聞いてどうだったかという質問をすると、「本が大きいみたい。本以上のものがないよ。」と言った。どんな弟子の証も先生を証するには「救いの御言葉」には及ばないという反応を見せる母の前で頭が下がった。
本の中で既に歴史に出会った母を見ながら弟子としては恥ずかしかったが、摂理のビジョンと千年歴史を花咲かせる神様の救いがこのように進められるんだなあと悟るようになった。
主が下さった家庭の救いの黄金の鍵「救いの御言葉」によって一番伝道したかった両親を奇跡的に伝道するようになった。
修了式のとき、まるっきり違う教会文化に驚きそうなものなのに、「本当に、総裁がかっこいい。感覚が人より優れてるね。」指揮を見ては「あんな指揮は生まれて初めて見た。世界的な指揮者チョン・ミョンフンよりもっとお上手だ。」と先生に惚れこんだ両親は幸せそうな笑顔を浮かべた。
先生が「救いの御言葉」によって伝道して下さり、先生の指揮と歌で管理して下さったので、やはり先生は伝道王であり、命の恩人だ。
修了式の前に両親のために40日の条件のお祈りを捧げて終わった翌日、明け方に夢を見たが、先生が月明洞で弟子たちと共に木を植えていらっしゃった。一対の木を植えられて「同態の木」だと仰り、私たち摂理のメンバーたちの両親を象徴していると仰った。それから私を見て仰る言葉が「あなたのご両親の同態の木はよく育っている?」と言う瞬間、昔かららくだ岩の近くに私の両親の同態の木がいつのまにか植えられていたのを見つけて「はい〜」と答えて夢から覚めた。たとえ夢の中であっても既に先生が両親が伝道されるように前もってお祈りもしておいて歴史を広げられたんだということを悟ってとめどなく感謝の涙を流した。
最近悪評する放送を見て「あらまあ、放送で総裁をあんなふうに言うなんて。『救いの御言葉』を読んだらあんなに神様をよく信じる方は地球上に誰もいないのに・・・なんであんなふうに言うのか。お祈りも熱心にして、ちょっとなんとかしてよ」と言うので、帰国された先生が、神様がなさることであり、誰か十字架を負わなくてはいけないなら私が負うべきじゃないか。私が行くべき道を防ごうとするな。その道を必ず行くつもりだ、と仰ったのだと伝えてあげた。すると「それではだめでしょ。なんでその道を行かれないといけないの。あんなに神様をよく信じた方がそれではだめだ」と言い、本当にひどく嘆き悲しむ母を見ながら、既にこの時代の救いの道を共に歩んでいることに、神様に感謝した。
個人的ないきさつを通して、摂理国の全てのご両親が伝道されることは予定されているということを申し上げたく、今年、両親の伝道の歴史が広がり、主の御心が成されることを願う。
文:チェ・ソンジ(ソウル・ヘッピッ(陽光)教会教役者)
摂理の月刊誌「チョウンソリ」2008年1−2月号より
この記事はこちらのサイトで読めます。http://cgm.or.kr/
以前、先生が「天国に行く時、両親は必ず一緒に行くべきだ」と仰っていた御言葉がいつも気にかかっていた。摂理に来てから14年間、熱心に摂理を走ってきたと思ったが、命をかけて祈って両親の伝道を試みることができなかったということが非常に後悔された。2006年春!父が突然、肝臓ガンと診断され、初めて手術をした日、手術室の外の待機室で、震える心で祈っていると、いきなり電話がかかってきた。とても信じられない奇跡のような電話!夢に描いていた声、先生だった。牧会の発令のために下さった電話だった。父の手術の報告をすることはできなかったが、イエス様の衿に触れただけで病気が治った女の心情とはこんなだったのだろうか。既に主が共になさっているということを実感した。手術がうまくいって1年間、病気の影響もなく元気に過ごすことができた。普通は3ヶ月か6ヶ月目に再手術をしなくてはいけないので、感謝するばかりだった。
父のガン宣告以後、両親の伝道についての深刻さを悟り、深い祈りに入った。
教会は一度も行ったことがないのに、果たして信仰の不毛の地に燭台を立てることができるだろうか。
一年が流れた後、2007年は「伝道と教育の年」を宣布なさったので、必ず伝道をしなくてはと誓って、家に帰って御言葉を伝えてみようと思った。教職生活をしていた母は、1人の教え子を通して毎年悪評する電話を受けている状況だったし、またもともと宗教には特に関心がない人たちに30個論を伝えようとするから途方に暮れた。
お祈りが足りなかったからだろうと思って再び戻って来てお祈りをしていた時、ふと「救いの御言葉」を読めば心が動きそうだという霊感が浮かんだ。
「救いの御言葉」は一般の本ではない、人間の救いが左右される御言葉だから、この本を読んで信じて行なう人は誰でも時代の天国を成し、救われると仰っていた御言葉が思い出された。
「そうだ、誰でもこの本さえ読めば救われるといったから、まず本を薦めてみなくては」という考えが浮かんだ。家に帰ってわざと本を置いて来ると、数日後に母から電話がかかってきた。「あんた、どうして本を置いて行ったの?」「はい、私は全部読んだから、お母さん読んでみて下さい〜」「私がこの本を全部読んで感想を話してあげる。」序文だけ読んだところ、何か大きな感銘を受けたのか、その一言の約束と共に、そのように始まった「救いの御言葉」との縁が驚くべきしるしの歴史を起こした。
「救いの御言葉」1巻を読んだ時と2巻、3巻を読んだ時の反応は驚くものだった。まず呼び方が違っていた。お名前を呼んでいたのが、総裁から先生へと変わった。
「この時代が新婦の時代なら、神様をお父さんと呼ばずになんと呼ぶの?」
本を読んでいきながら聖書の歴史を旧約から突っ込んだ質問と反応。3巻を読んだときは電話をしてすぐ「先生が本当に理解できない。あなたたちの先生はどうしてそうだと言うの?」という脈絡のない質問に「あっ!悪評を聞いたのかな?」と瞬間緊張した。
理由はどうして人間がご飯を食べずに飢えて70日間お祈りをすることができるのかということだ。そのように生きられた先生を理解できないと言ったのだ。その文章を読んでからパンを食べていると、このパンなら先生は一ヶ月は召し上がっただろうと思って心が痛かったと言った。
そのように「救いの御言葉」を全部読んで、他の本も送ってくれと言うので説教集「命の御言葉」を送り、「私だけが歩んで来たその道」まで読んだ状態で、報道が出た。放送をそのまま信じる家族に母は「あんたたち見たの?」人々が妬み、嫉妬してそんなことを言っているのだと言い、本を読んでみれば全部神様とイエス様の話だけだし、こんなに神様をよく信じる人は見たことがないと言い、あまりにすばらしいから嫉妬しているのだと、きっぱりと話をしたということだ。
更に驚くことは、その放送を見た日から、一度もお祈りというものをしたことがなかった母が、この御言葉を全地球村の人々が皆聞いて先生を誤解しないようにして下さいと祈り始めたのだ。
本当に心の中にとめどない涙が流れた。「主の御言葉がこのように成されるんだ。」「救いの御言葉」を霊界に入って劇的に執筆なさり、読みさえすれば皆救われると仰った御言葉をより切実に悟るようになった。
その後、死ぬまでは教会に行かないと言う父を説得して御言葉を聞かせ、父も12月8日、光州の伝道集会の時、デジタル講師チームの「ブルー・オーシャンとゲートキーピング」を聞いて先生の立場を理解するようになった。
その日の夕方に帰って来て母に、放送も見て悪評もたくさん聞いたけれど、今日説明を聞いてどうだったかという質問をすると、「本が大きいみたい。本以上のものがないよ。」と言った。どんな弟子の証も先生を証するには「救いの御言葉」には及ばないという反応を見せる母の前で頭が下がった。
本の中で既に歴史に出会った母を見ながら弟子としては恥ずかしかったが、摂理のビジョンと千年歴史を花咲かせる神様の救いがこのように進められるんだなあと悟るようになった。
主が下さった家庭の救いの黄金の鍵「救いの御言葉」によって一番伝道したかった両親を奇跡的に伝道するようになった。
修了式のとき、まるっきり違う教会文化に驚きそうなものなのに、「本当に、総裁がかっこいい。感覚が人より優れてるね。」指揮を見ては「あんな指揮は生まれて初めて見た。世界的な指揮者チョン・ミョンフンよりもっとお上手だ。」と先生に惚れこんだ両親は幸せそうな笑顔を浮かべた。
先生が「救いの御言葉」によって伝道して下さり、先生の指揮と歌で管理して下さったので、やはり先生は伝道王であり、命の恩人だ。
修了式の前に両親のために40日の条件のお祈りを捧げて終わった翌日、明け方に夢を見たが、先生が月明洞で弟子たちと共に木を植えていらっしゃった。一対の木を植えられて「同態の木」だと仰り、私たち摂理のメンバーたちの両親を象徴していると仰った。それから私を見て仰る言葉が「あなたのご両親の同態の木はよく育っている?」と言う瞬間、昔かららくだ岩の近くに私の両親の同態の木がいつのまにか植えられていたのを見つけて「はい〜」と答えて夢から覚めた。たとえ夢の中であっても既に先生が両親が伝道されるように前もってお祈りもしておいて歴史を広げられたんだということを悟ってとめどなく感謝の涙を流した。
最近悪評する放送を見て「あらまあ、放送で総裁をあんなふうに言うなんて。『救いの御言葉』を読んだらあんなに神様をよく信じる方は地球上に誰もいないのに・・・なんであんなふうに言うのか。お祈りも熱心にして、ちょっとなんとかしてよ」と言うので、帰国された先生が、神様がなさることであり、誰か十字架を負わなくてはいけないなら私が負うべきじゃないか。私が行くべき道を防ごうとするな。その道を必ず行くつもりだ、と仰ったのだと伝えてあげた。すると「それではだめでしょ。なんでその道を行かれないといけないの。あんなに神様をよく信じた方がそれではだめだ」と言い、本当にひどく嘆き悲しむ母を見ながら、既にこの時代の救いの道を共に歩んでいることに、神様に感謝した。
個人的ないきさつを通して、摂理国の全てのご両親が伝道されることは予定されているということを申し上げたく、今年、両親の伝道の歴史が広がり、主の御心が成されることを願う。
文:チェ・ソンジ(ソウル・ヘッピッ(陽光)教会教役者)
摂理の月刊誌「チョウンソリ」2008年1−2月号よりこの記事はこちらのサイトで読めます。http://cgm.or.kr/
2007年10月13日土曜日、テジョン・カプチョンの川辺で銀河サッカー大会があった。銀河サッカーだと言って見くびってはひどい目に遭う、情熱的な競技だった。最近非常におもしろく読んでいるファンタジー小説〈タラ・ダンカン〉よりはるかに興味津々で感動的だった。
19の地域の44チームが出場した今回の大会は、高学年、低学年、女子部、幼稚部に分けて、文化会員を含めて男女合わせて450人ほどが参加した。今回の大会の開会式には、世界的なフリースタイル(Free Style)王、ウ・ヒヨン選手も共にして、場を輝かせてくれた。ウ・ヒヨン選手のカッコいい公演に銀河たちは目を離せず、歎声を上げた。
試合中、インチョンの低学年チームがゴールを入れるとすぐに円く集まってひざまずいて両手を合わせて祈る姿は、特に印象的だった。PKの時は、ゴールキーパーとゴールを入れる両チームが皆非常に熱心にお祈りをするので、見守っていた父兄が「神様ホントにお悩みだろう」と言って、周りが笑いの海になったりもした。しかし一緒にいた教師が、勝ったチームも負けたチームも両方神様の御心があると説明もして下さって、一つになった姿で走る試合自体にその意味があることを教えて下さった。
試合の結果、栄誉ある優勝は、高学年:ソウル・江南チーム、低学年:全北・チョンジュチーム、幼稚部:プサンチーム、女子部:テジョンチームが占め、準優勝は、高学年:全北・チョンジュチーム、低学年:忠北・チョンジュチーム、幼稚部:全北・チョンジュチーム、女子部:インチョンチームが受賞した。高学年の部の最優秀選手賞を受賞したイ・ミヌ選手は「神様と主に感謝して、サッカーは神様と主を意識して栄光を帰すためにするもの」だと言い、落ち着いた受賞の感想を述べて大きな拍手を受けた。
チョンジュ低学年チームのチョ・ホソンくんは、今回の大会のために21日の条件のお祈りをした。今回チョンジュが低学年優勝とすばらしい活躍だったが、やはり条件を積んで精神を捧げた分、神様が働かれるということを感じることができた。
予選、本選等、終日続く試合に大変でもありそうだが、銀河の皆は日が暮れてゴールが見えなくなるまで疲れた様子もなく最善を尽くし、転んでも甘える姿は見せなかった。隣りにいらっしゃった牧師は、先生が韓国でサッカーをなさる時も、日が暮れるまで試合をなさったと話して下さったので、ここカプチョンの川辺を縫って走り回る先生の姿を想像してみたりもした。
チョン・ヨンソク牧師は「先生はサッカーで摂理を導かれた。銀河は摂理の宝、摂理の2世だ。そして銀河サッカー大会は誰も真似できない大会だ。幼いときからサッカーを通して神様、先生について学び、人格も学ぶから、とてもありがたい、だから神様、先生を証することで応えて差し上げないといけない。銀河の姿を通して大きな力を感じた」と仰った。
先生の御言葉が銀河たちをこのように作品として作って下さるように、サッカーの試合中に躊躇せず悪口を言う世の中の学校の友達も伝道し、変えることができるだろうと信じている。神様が下さったいろいろな文化・芸術を通して伝道にも一層拍車をかける銀河の活躍を期待している。
ホン・ユル(銀河)/キム・ウネ記者
摂理のメンバーの2世たちのことを「銀河」と呼びます。
私が先日ウォルミョンドンに行った時も、銀河のサッカー大会が行なわれていたのですが、ホントみんなかっこよかった!
そのとき優勝した釜山チームは、皆で21日間のお祈りの条件を立てていたそうです。
この記事は、摂理の月刊誌「チョウンソリ」2007年8−10月号より
下記のサイトでも読めます。
http://cgm.or.kr/
19の地域の44チームが出場した今回の大会は、高学年、低学年、女子部、幼稚部に分けて、文化会員を含めて男女合わせて450人ほどが参加した。今回の大会の開会式には、世界的なフリースタイル(Free Style)王、ウ・ヒヨン選手も共にして、場を輝かせてくれた。ウ・ヒヨン選手のカッコいい公演に銀河たちは目を離せず、歎声を上げた。
試合中、インチョンの低学年チームがゴールを入れるとすぐに円く集まってひざまずいて両手を合わせて祈る姿は、特に印象的だった。PKの時は、ゴールキーパーとゴールを入れる両チームが皆非常に熱心にお祈りをするので、見守っていた父兄が「神様ホントにお悩みだろう」と言って、周りが笑いの海になったりもした。しかし一緒にいた教師が、勝ったチームも負けたチームも両方神様の御心があると説明もして下さって、一つになった姿で走る試合自体にその意味があることを教えて下さった。
試合の結果、栄誉ある優勝は、高学年:ソウル・江南チーム、低学年:全北・チョンジュチーム、幼稚部:プサンチーム、女子部:テジョンチームが占め、準優勝は、高学年:全北・チョンジュチーム、低学年:忠北・チョンジュチーム、幼稚部:全北・チョンジュチーム、女子部:インチョンチームが受賞した。高学年の部の最優秀選手賞を受賞したイ・ミヌ選手は「神様と主に感謝して、サッカーは神様と主を意識して栄光を帰すためにするもの」だと言い、落ち着いた受賞の感想を述べて大きな拍手を受けた。
チョンジュ低学年チームのチョ・ホソンくんは、今回の大会のために21日の条件のお祈りをした。今回チョンジュが低学年優勝とすばらしい活躍だったが、やはり条件を積んで精神を捧げた分、神様が働かれるということを感じることができた。
予選、本選等、終日続く試合に大変でもありそうだが、銀河の皆は日が暮れてゴールが見えなくなるまで疲れた様子もなく最善を尽くし、転んでも甘える姿は見せなかった。隣りにいらっしゃった牧師は、先生が韓国でサッカーをなさる時も、日が暮れるまで試合をなさったと話して下さったので、ここカプチョンの川辺を縫って走り回る先生の姿を想像してみたりもした。
チョン・ヨンソク牧師は「先生はサッカーで摂理を導かれた。銀河は摂理の宝、摂理の2世だ。そして銀河サッカー大会は誰も真似できない大会だ。幼いときからサッカーを通して神様、先生について学び、人格も学ぶから、とてもありがたい、だから神様、先生を証することで応えて差し上げないといけない。銀河の姿を通して大きな力を感じた」と仰った。
先生の御言葉が銀河たちをこのように作品として作って下さるように、サッカーの試合中に躊躇せず悪口を言う世の中の学校の友達も伝道し、変えることができるだろうと信じている。神様が下さったいろいろな文化・芸術を通して伝道にも一層拍車をかける銀河の活躍を期待している。
ホン・ユル(銀河)/キム・ウネ記者
摂理のメンバーの2世たちのことを「銀河」と呼びます。私が先日ウォルミョンドンに行った時も、銀河のサッカー大会が行なわれていたのですが、ホントみんなかっこよかった!
そのとき優勝した釜山チームは、皆で21日間のお祈りの条件を立てていたそうです。
この記事は、摂理の月刊誌「チョウンソリ」2007年8−10月号より
下記のサイトでも読めます。
http://cgm.or.kr/
主題;これを行ないなさい
本文;マタイによる福音書5:19−20、7:22−27、ガラテヤ人への手紙5:22−23
説教をするとき、文章で伝えるより直接人が現れて、短い時間だとしても話をするなら、聴く人がはるかに理解しやすく、実感が湧くでしょう。だから以前、山で祈ったとき、イエス様が私に直接現れて、一度だけでも説教をして下さいとお祈りをしました。その後イエス様が現れて説教をして下さり、それ以降、聖書を読むたびにより深く悟るようになりました。その当時の状況がよみがえるようになり、よりいっそう現実的に感じられたりもしました。文章と言葉に差があるように、霊界で見るのと肉界で見るのにも差があり、感じも違います。
明け方に祈った時、「これを行なって生きる人」という単語と「これを行なわずに生きる人」という単語が、刃物のように鋭く浮かんで悟らせて下さいました。これを霊的な現象で話すと、「ある人が私に現れて、運転できるかと訊きました。私の霊が、他の車も運転しているから、原理が同じだから運転できるのではないかと言いました。そしてその車に乗ってゆっくり運転して、路地から大きな道路へと運転して出て来ました。ところがいつのまにか私はオートバイに乗って砂利道を走っていました。走り過ぎたから停めなくてはいけないのに、停まらなくて危険でした。分かってみると、アクセルを踏みながらブレーキも踏まなくてはいけないのに、アクセルだけずっと踏んで走っていました。結局、目的地に到着しましたが、私が期待した通りになりませんでした。」
オートバイを止めようとしても止まらなかった現象は、自制できなくて自分の考えどおりに行なう人たちが多いという啓示でした。自制できずに行なう人たちは、信仰生活をしながらも自制できなくて自分の考えどおりにない続けると、信仰において重傷を負ったり、死ぬことになるということです。だから自制しなさいと言うのです。主の御言葉を行なわずに生きる人は、新型車がオートバイに変わって土の道路から砂利道へと自制できずに走るような、危険な信仰人たちです。
自分の現実と功績にしたがって、飛行機に乗って行ったり、自家用車に乗って行ったり、オートバイに乗って行ったり、自転車に乗って行ったり、あるいは歩いて行くこととして見せてくれます。
だから誰でも自分をきれいに磨いてつくらなくてはいけません。自分の信仰生活をうまくしなくてはいけません。
私たちの摂理世界では、各国みな、天から責任を任されて使命をもらった指導者たちがいますが、時々その人たちが使命を主権で行なうことがあります。こういう人たちは、神様の理想世界で使命を持って、世の中の人々がするように軍隊の階級主義で行なう人たちであり、このような人たちは天国の生活ができない人たちです。
責任と職責をもらった分、イエス様の代わりによく接してあげて生きるべきです。すなわち、他の人たちのために生きてあげ、犠牲になって助けてあげ、共にしてあげる時、使命が輝き、職責が輝き、主権と階級が輝くようになるのです。そのようにしなければ、叱られて「最も小さい人」と呼ばれるようになります。
各自、個性通りに下さった特権と得たものによって、主権を振るわないで、へりくだって、全ての人たちのために使うべきです。
元記事はこちらです
http://cgm.or.kr/
本文;マタイによる福音書5:19−20、7:22−27、ガラテヤ人への手紙5:22−23
説教をするとき、文章で伝えるより直接人が現れて、短い時間だとしても話をするなら、聴く人がはるかに理解しやすく、実感が湧くでしょう。だから以前、山で祈ったとき、イエス様が私に直接現れて、一度だけでも説教をして下さいとお祈りをしました。その後イエス様が現れて説教をして下さり、それ以降、聖書を読むたびにより深く悟るようになりました。その当時の状況がよみがえるようになり、よりいっそう現実的に感じられたりもしました。文章と言葉に差があるように、霊界で見るのと肉界で見るのにも差があり、感じも違います。
明け方に祈った時、「これを行なって生きる人」という単語と「これを行なわずに生きる人」という単語が、刃物のように鋭く浮かんで悟らせて下さいました。これを霊的な現象で話すと、「ある人が私に現れて、運転できるかと訊きました。私の霊が、他の車も運転しているから、原理が同じだから運転できるのではないかと言いました。そしてその車に乗ってゆっくり運転して、路地から大きな道路へと運転して出て来ました。ところがいつのまにか私はオートバイに乗って砂利道を走っていました。走り過ぎたから停めなくてはいけないのに、停まらなくて危険でした。分かってみると、アクセルを踏みながらブレーキも踏まなくてはいけないのに、アクセルだけずっと踏んで走っていました。結局、目的地に到着しましたが、私が期待した通りになりませんでした。」
オートバイを止めようとしても止まらなかった現象は、自制できなくて自分の考えどおりに行なう人たちが多いという啓示でした。自制できずに行なう人たちは、信仰生活をしながらも自制できなくて自分の考えどおりにない続けると、信仰において重傷を負ったり、死ぬことになるということです。だから自制しなさいと言うのです。主の御言葉を行なわずに生きる人は、新型車がオートバイに変わって土の道路から砂利道へと自制できずに走るような、危険な信仰人たちです。
自分の現実と功績にしたがって、飛行機に乗って行ったり、自家用車に乗って行ったり、オートバイに乗って行ったり、自転車に乗って行ったり、あるいは歩いて行くこととして見せてくれます。
だから誰でも自分をきれいに磨いてつくらなくてはいけません。自分の信仰生活をうまくしなくてはいけません。
私たちの摂理世界では、各国みな、天から責任を任されて使命をもらった指導者たちがいますが、時々その人たちが使命を主権で行なうことがあります。こういう人たちは、神様の理想世界で使命を持って、世の中の人々がするように軍隊の階級主義で行なう人たちであり、このような人たちは天国の生活ができない人たちです。
責任と職責をもらった分、イエス様の代わりによく接してあげて生きるべきです。すなわち、他の人たちのために生きてあげ、犠牲になって助けてあげ、共にしてあげる時、使命が輝き、職責が輝き、主権と階級が輝くようになるのです。そのようにしなければ、叱られて「最も小さい人」と呼ばれるようになります。
各自、個性通りに下さった特権と得たものによって、主権を振るわないで、へりくだって、全ての人たちのために使うべきです。
元記事はこちらですhttp://cgm.or.kr/
場所:パリ「クルス・ポザール」ギャラリー 日付:2007.7.2‐7.10
Harmonia(調和)
7月2日から10日「Harmonia」というタイトルで鄭明析(チョン・ミョンソク)先生の「大胆」と「調和」を招待作品として、フランスと韓国、日本の若い作家たちの交流展がパリで行われた。この展示会のタイトルは2007年最初の主日におっしゃった「調和、平和をなす人生」だ。
オーケストラの演奏が始まる前にはそれぞれ違う楽器同士がギーギーとうるさい音を出すが、指揮者の指揮に従って演奏が始まると個性の違う楽器が一団となって美しい曲を演奏する。それぞれ違う文化的な環境で育った若者たちはこういった地球村の「調和」を、視覚芸術という道具をもってどうやって表現するだろうか。
もちろん新しい時代を行く私たちにとってその指揮者は主であり、演奏すべき曲は主を通して神様が世の中に伝えられる愛と救いの御言葉である。
今回展示会が開かれたギャラリー「クルス・ポザール」はギャラリーの環境や品格、位置、交通などの全ての面で先生の作品を展示するのに良い条件を備えていた。パリの「SOHO」と言える文化・芸術の中心部に位置しており、理想的な展示環境を備えていて、商業用ではなく政府が運営するギャラリーだったからだ。
こういう場所は2〜3年前にすでに展示日程が決まっているので、2006年6月にギャラリーのほうに提出したプロジェクトが通過したものの、展示は2008年秋以降に可能であった。しかし神様が状況を変えて下さり、2007年7月という良い時に、貸館料3千ユーロ(約400万ウォン)も10%の使用料だけ出して、フランス高等教育部からの支援という形で展示会を開くようにして下さった。
フランス3名、韓国6名、日本2名など、11名の30歳未満の作家(貸館料の支援条件が30歳未満の作家だったので)と、招待作家としては先生とイ・ジンファ牧師、トータル13名の作家が参加した。フランスの作家たちはパリ・ポザール大学の卒業生で、そのうち2名は卒業の時に審査員団全員の満場一致を受けた優秀卒業者だった。初日以外にも多くの人たちが訪れるように、展示期間中に音楽会とパフォーマンス、作家との対話など、さまざまなプログラムが設けられた。
展示期間中、専門家をはじめとしてフランスの一般客からも最も大きな反応を受けていた作品は、鄭明析(チョン・ミョンソク)先生の「大胆」だった。これを機に今後世界の文化・芸術の中心地であるというパリでも、死亡圏の芸術が生命圏の芸術へと一段次元を上げられる土台になれることを願う。
文:クォン・ジュニ キュレイト(牧師)
摂理の月刊誌「チョウンソリ」2007年5−7月号より
この記事はこちらのサイトでも読めます http://cgm.or.kr/
Harmonia(調和)
7月2日から10日「Harmonia」というタイトルで鄭明析(チョン・ミョンソク)先生の「大胆」と「調和」を招待作品として、フランスと韓国、日本の若い作家たちの交流展がパリで行われた。この展示会のタイトルは2007年最初の主日におっしゃった「調和、平和をなす人生」だ。
オーケストラの演奏が始まる前にはそれぞれ違う楽器同士がギーギーとうるさい音を出すが、指揮者の指揮に従って演奏が始まると個性の違う楽器が一団となって美しい曲を演奏する。それぞれ違う文化的な環境で育った若者たちはこういった地球村の「調和」を、視覚芸術という道具をもってどうやって表現するだろうか。
もちろん新しい時代を行く私たちにとってその指揮者は主であり、演奏すべき曲は主を通して神様が世の中に伝えられる愛と救いの御言葉である。
今回展示会が開かれたギャラリー「クルス・ポザール」はギャラリーの環境や品格、位置、交通などの全ての面で先生の作品を展示するのに良い条件を備えていた。パリの「SOHO」と言える文化・芸術の中心部に位置しており、理想的な展示環境を備えていて、商業用ではなく政府が運営するギャラリーだったからだ。
こういう場所は2〜3年前にすでに展示日程が決まっているので、2006年6月にギャラリーのほうに提出したプロジェクトが通過したものの、展示は2008年秋以降に可能であった。しかし神様が状況を変えて下さり、2007年7月という良い時に、貸館料3千ユーロ(約400万ウォン)も10%の使用料だけ出して、フランス高等教育部からの支援という形で展示会を開くようにして下さった。
フランス3名、韓国6名、日本2名など、11名の30歳未満の作家(貸館料の支援条件が30歳未満の作家だったので)と、招待作家としては先生とイ・ジンファ牧師、トータル13名の作家が参加した。フランスの作家たちはパリ・ポザール大学の卒業生で、そのうち2名は卒業の時に審査員団全員の満場一致を受けた優秀卒業者だった。初日以外にも多くの人たちが訪れるように、展示期間中に音楽会とパフォーマンス、作家との対話など、さまざまなプログラムが設けられた。
展示期間中、専門家をはじめとしてフランスの一般客からも最も大きな反応を受けていた作品は、鄭明析(チョン・ミョンソク)先生の「大胆」だった。これを機に今後世界の文化・芸術の中心地であるというパリでも、死亡圏の芸術が生命圏の芸術へと一段次元を上げられる土台になれることを願う。
文:クォン・ジュニ キュレイト(牧師)
摂理の月刊誌「チョウンソリ」2007年5−7月号よりこの記事はこちらのサイトでも読めます http://cgm.or.kr/
主題;哀れみと許しと公義
本文;マタイによる福音書5:33−37、6:12、9:27、ヤコブの手紙2:13
よく人々は、悪い人は悪いなりに接してやり、けちな人はけちけち接してやり、荒っぽく話す人は荒っぽく接するべきだと言います。旧約時代の律法でも、歯には歯、目には目をもって償えと言いました。行なった通りに報いてくれるものです。(マタイ16:27)
しかしイエス様は、歯には歯、目には目をもって、行なった通りに殴り合って接するなと仰り、天国を成す新約の法を下さいました。守る人は神様の息子であり、私の兄弟であり、姉妹であり、私の新婦だと言いました。皆さんはこの御言葉を守ることで、しもべの待遇を受けず、兄弟姉妹・息子・新婦の待遇を受けますか、でなければ歯には歯、目には目だと考えて、行い通りに償いながら、しもべの待遇を受けて暮らしますか。
大変だけど主の御言葉を守って暮らさなくてはいけません。そうしてこそ地上で成されたように、天の国に行っても成しながら生きるようになります。だから主は新約時代から神様の御心を心と体に実現して生きるように、人々を教えて下さいました。敵を愛し、憎い人も愛をもって接し、損害を与えた人に損害を与えながら暮らさないで、祈ってあげながら暮らし、いろいろと悪評して人を陥れた人たちも祝福してあげ、悪をもって接しないで生きてこそ、心の天国と地上天国を成し、害になることも傷つくこともなく生きるのだと仰いました。このような法を宣布なさって、世の中にいる時から自ら守って行なわれ、従って行く人たちもそのように生きるようにしました。だから神様がその行なった通りに祝福して下さって、新約歴史が全世界に広がっていくようになりました。
新約聖書を読んでみると、哀れみの心をお持ちだったイエス様がよく分かります。目の不自由な人たちや、様々な病にかかった人たちをかわいそうに思って癒して下さり、人々を見て、牧者のいない羊のようだから哀れに思って、様々な迫害を受けながら導いて下さり、その霊魂たちの将来を見て、あまりにもかわいそうに思って、救うために十字架を代わりに負われ、貧しい人をお助けになり、異性の愛を楽しみながらそれを楽しみとして生きている遊女たちも、その霊魂と将来を思って哀れに思い、共に座って接して下さり、食べるものがなくて飢えている人たちのように、神様の御言葉を聴けなくて霊魂が飢えているのをご覧になって哀れに思われ、いつも御言葉を与えて救って下さいました。イエス様のように皆さんに哀れに思う心が充満することを祝福します。
哀れに思う心とは、愛の心です。神様の心であり、主の心です。それくらい善の心を持った人です。天使のような心を持った人です。具合の悪い人を見ると助けてあげたくて、治してあげたくて、祈ってあげ、薬を買ってあげる人は、哀れむ心がある人です。お腹の空いている人、苦労している人、人生を生きようとしてもがいている人、苦しくて自殺しようとしている人、人生を諦めて失意に陥っている人たちをかわいそうに思い、哀れに思って、助けて、友達になってあげる人は、哀れむ心を持った人です。
人に対して間違いを犯して悩んでいる人を見て、その人が話さなくても哀れに思って許してあげ、かわいそうに思う人は、善の人であり、義人であり、主の心情を持った人であり、主がその体を使って働きやすい人です。天の国を所有として受ける人であり、天国に属して生きる人です。
御言葉を聴いたから、私たちは哀れみに属した人たちにならなくてはいけません。哀れみに目を開かせて下さいと祈り、哀れむ心を下さいと祈ってから、全ての兄弟たちを見て下さい。
私たちも以前は永遠な地獄へ行く人たちでしたが、主が哀れに思って先生と共に福音を伝え、悟って、今は天国に行く人たちになりました。どれほど偉大な道を見つけて、世の中にまたとない世界に生きるようになりましたか。だから皆、神様と主が自分に行なったことを証しながら、感謝して、分からない人たちを命の道へと導いてあげなくてはいけません。これが、哀れに思い、かわいそうに思う心であり、愛です。
元記事はこちらです
http://cgm.or.kr/
本文;マタイによる福音書5:33−37、6:12、9:27、ヤコブの手紙2:13
よく人々は、悪い人は悪いなりに接してやり、けちな人はけちけち接してやり、荒っぽく話す人は荒っぽく接するべきだと言います。旧約時代の律法でも、歯には歯、目には目をもって償えと言いました。行なった通りに報いてくれるものです。(マタイ16:27)
しかしイエス様は、歯には歯、目には目をもって、行なった通りに殴り合って接するなと仰り、天国を成す新約の法を下さいました。守る人は神様の息子であり、私の兄弟であり、姉妹であり、私の新婦だと言いました。皆さんはこの御言葉を守ることで、しもべの待遇を受けず、兄弟姉妹・息子・新婦の待遇を受けますか、でなければ歯には歯、目には目だと考えて、行い通りに償いながら、しもべの待遇を受けて暮らしますか。
大変だけど主の御言葉を守って暮らさなくてはいけません。そうしてこそ地上で成されたように、天の国に行っても成しながら生きるようになります。だから主は新約時代から神様の御心を心と体に実現して生きるように、人々を教えて下さいました。敵を愛し、憎い人も愛をもって接し、損害を与えた人に損害を与えながら暮らさないで、祈ってあげながら暮らし、いろいろと悪評して人を陥れた人たちも祝福してあげ、悪をもって接しないで生きてこそ、心の天国と地上天国を成し、害になることも傷つくこともなく生きるのだと仰いました。このような法を宣布なさって、世の中にいる時から自ら守って行なわれ、従って行く人たちもそのように生きるようにしました。だから神様がその行なった通りに祝福して下さって、新約歴史が全世界に広がっていくようになりました。
新約聖書を読んでみると、哀れみの心をお持ちだったイエス様がよく分かります。目の不自由な人たちや、様々な病にかかった人たちをかわいそうに思って癒して下さり、人々を見て、牧者のいない羊のようだから哀れに思って、様々な迫害を受けながら導いて下さり、その霊魂たちの将来を見て、あまりにもかわいそうに思って、救うために十字架を代わりに負われ、貧しい人をお助けになり、異性の愛を楽しみながらそれを楽しみとして生きている遊女たちも、その霊魂と将来を思って哀れに思い、共に座って接して下さり、食べるものがなくて飢えている人たちのように、神様の御言葉を聴けなくて霊魂が飢えているのをご覧になって哀れに思われ、いつも御言葉を与えて救って下さいました。イエス様のように皆さんに哀れに思う心が充満することを祝福します。
哀れに思う心とは、愛の心です。神様の心であり、主の心です。それくらい善の心を持った人です。天使のような心を持った人です。具合の悪い人を見ると助けてあげたくて、治してあげたくて、祈ってあげ、薬を買ってあげる人は、哀れむ心がある人です。お腹の空いている人、苦労している人、人生を生きようとしてもがいている人、苦しくて自殺しようとしている人、人生を諦めて失意に陥っている人たちをかわいそうに思い、哀れに思って、助けて、友達になってあげる人は、哀れむ心を持った人です。
人に対して間違いを犯して悩んでいる人を見て、その人が話さなくても哀れに思って許してあげ、かわいそうに思う人は、善の人であり、義人であり、主の心情を持った人であり、主がその体を使って働きやすい人です。天の国を所有として受ける人であり、天国に属して生きる人です。
御言葉を聴いたから、私たちは哀れみに属した人たちにならなくてはいけません。哀れみに目を開かせて下さいと祈り、哀れむ心を下さいと祈ってから、全ての兄弟たちを見て下さい。
私たちも以前は永遠な地獄へ行く人たちでしたが、主が哀れに思って先生と共に福音を伝え、悟って、今は天国に行く人たちになりました。どれほど偉大な道を見つけて、世の中にまたとない世界に生きるようになりましたか。だから皆、神様と主が自分に行なったことを証しながら、感謝して、分からない人たちを命の道へと導いてあげなくてはいけません。これが、哀れに思い、かわいそうに思う心であり、愛です。
元記事はこちらですhttp://cgm.or.kr/
どうすれば人生を成功できるのか?
メンター(Mentor)という言葉はよく使うが、正確な意味や語源を知らずに使っている場合が多い。トロイの国王は重要な戦争の出征式を前にして一つの悩みを持つようになる。まだ成長していない息子の養育問題だった。先の読めない戦争の出征式の直前、父の役割と師匠の役割を両方してくれそうな友人に王子を預けるのだが、その友人の名前がまさに「メントル」である。ここから由来し、「メンター」(Mentor)という言葉が生まれたのだが、正確な意味は「人生の全般的な問題をコーチし、指導してくれる先生」という意味だ。
人々は誰でも人生を成功したいと思う。私も「どうすれば人生を成功できるのか」についてたくさん悩んで生きてきた。だから成功に関わる本であれば、手当たり次第に読みあさり、その数は2千冊を超える。世界的な投資専門家であり、財閥順位2位を記録しているウォーレン・バフェットや、近代の戦争英雄ナポレオンも非常な読書マニアで、成功の秘訣を「読書」だと言っている。ナポレオンの語録の中に「私が8千冊の本を読んだら、ヨーロッパ大陸が私の足下にあった」という有名な言葉がある。また100年の伝統を誇るアメリカのシカゴ大学がそれまで世界的な名声を誇る人物を輩出できなかったのに、わずか20〜30年になんと4〜5名のノーベル賞受賞者を輩出したのも、ロバート・ハッチンス学長が学生たちに古典と偉人伝を必読書として読ませてのことだったと言う。
アメリカの大統領リンカーンも毎年自分の背の高さ(リンカーンの身長は198cm)ほどの本を読んだと言う。
それでは、リンカーンに最も感動を与えた本は何だろうか。それは3歳の時から9歳の時まで床に就くたびに母が枕もとで読んでくれた「聖書(Bible)」だと言う。リンカーンが9歳の時、母が肺炎で亡くなる前まで一日も欠かさず読んでくれた「聖書」でなかったら、最高に尊敬される大統領になることはできなかっただろうと、「ホワイトハウスを祈祷室にした大統領」という本で告白している。
成功する人々には秘密がある。人事管理学の教授トマス・ツーロンは「どれだけ他人に良い影響を及ぼして生きるのか」と言い、平和的な人権運動家ガンジーも「成功した人生には必ず善良な痕跡、善良な人生の足跡がなくてはならない」と言った。そして私の師匠、私のメンターも「人生はどれだけおいしく食べて生きるかが問題ではなく、どれだけ義を行なって生きるかが問題だ」という教えを下さった。これが私の考える成功の基準である。
成功の秘訣:メンターと信仰
成功した人たちにはそれぞれ彼らの人生を成功に導いてくれたメンター、つまり師匠がいる。また彼らはみな信仰者だった。偶然の一致かもしれないが、最近直接会ってみたり自叙伝を通して出会った成功した人々、すなわち世界的なCEOや投資家、放送関係者、政治家、スポーツマンなど、彼らの共通点は熱心な信仰者だということだ。
6歳のときホワイトハウスを散歩していたひとりの黒人少女が「お父さん!必ず私はこの中に入るわ」という叫びを40年が過ぎた今、現実にした主人公コンドリーザ・ライス米国務長官。彼女も母のお腹の中で10ヶ月間一日も欠かさず讃美を聞いて育ち、主日礼拝中に生まれた母胎信仰者だ。彼女に今日最高の国務長官として、ホワイトハウスの参謀として認められるようにしてくれたメントルがいた。すなわちジョセフ・コベル教授との出会いだ。大学に進学したコンディは友達の勧めと紹介でデンバー大学の講堂でソ連学の講義を聴講するようになり、「何かわけのわからない戦慄が講義を聴く間じゅう消えなかった」と振り返った。そしてコベル教授から政治学の授業だけでなく、実務で積み上げた外交家としての力量を伝授される。コンディは「今私がブッシュ大統領に能力を認めてもらえるのは私のメンターであり私の師匠であるコベル教授から学んだ、簡潔かつ明確に意味を伝えることのできる能力のおかげだ」と回顧録で言っている。そして父のブッシュ大統領以降息子のブッシュ大統領に至るまで招かれるようになったのも「メンターとの出会いと信仰」のおかげだと言っている。
9.11のテロが発生した時、その危険な瞬間にもブッシュ大統領と会い、事態を収拾して一番先にしたことがまさにお祈り(p39の写真参照)だったという。写真に出ている場面はまさにブッシュ大統領と共に二度とあってはならないテロとの戦いを前にして天の知恵を受け、全ての問題を最も早く完璧に処理できるようにして下さいと祈っている場面である。
オプラ・ウィンフリーも、今は年俸1200億の、固定視聴者1億人以上の最高のトークショーの司会者として、最も尊敬される放送関係者であるが、そんな華やかな人生の裏には本当に辛い過程が隠されている。
1954年1月ミシシッピ州で私生児として生まれたオプラ・ウィンフリーは幼い頃、ひどい貧しさで悲惨で苦しい暮らしだったので、祖母の家に送られ成長するようになった。唯一の友達であり遊びと言えば、祖母の家にいる牛に飼い葉をやることと、唯一の本である聖書を牛に読んでやり時間を過ごすことだった。こうして読むようになった聖書を通してオプラは徐々に「ストーリーテラー(伝えようとする内容におもしろいストーリーを上塗りする人)の資格を既に4歳の時から備え始めていたのだ。そうして10歳の時、従兄から性的暴行を受け、人生を彷徨うようになり、158cmの低い身長でなんと100kgを超える巨体になったりもする。14歳の時、シングルマザーの身で麻薬という最悪の道を歩むようになり、まさに絶望的な人生そのものだった。あげくは自殺まで試みたが、神様の助けによって信仰の道に入るようになる。それ以上失うもののないオプラにとって神様の招きは希望そのものだった。幸いにも賢く才能ある学生だったため、すぐに学業についていくことができた。テネシー州立大学で意思疎通とコミュニケーションの役割について勉強しつつ、彼女の対話術についての気質と素質はアンカーマンとして抜擢されて惜しみなく発揮された。
彼女が放送で扱う主題はまさに「希望」である。どんな場合にも希望と望みを失ってはいけないということだ。黒人に、私生児に、シングルマザーに、100kgを超える少女から世界1億人を相手にするスター放送人へと生まれ変わったオプラ・ウィンフリー。彼女に成功の道を開いてくれ、死んでいく人生に灯火をつけてくれたものはまさしく信仰だと告白する。
我がメンターとの出会い
私は成功について特別な愛着を持っていて、成功へと導いてくれるメンターとの出会いを夢見ていた。それで数多くの本を読み、チン・デチェ長官やビル・ゲイツ、世界的な料理師ピエール・ガニエール、シリコンバレーの主人公キム・テヨン会長、世界人権大統領パン・ギムン長官など、多くの成功者に会ってみた。その中で最も記憶に残る出会いを挙げろというなら、断然、鄭明析先生との出会いだ。更に驚いたことは、聖書をなんと2000読なさり、30年以上テドゥン山で個人と民族、世界のためのお祈りの条件を積まれたということだった。最初私に総裁を紹介してくれた先輩は、世界的な精神的指導者として数多くの若者たちをメンタリングして下さり、彼らにとって師匠であり信仰人として「ロールモデル」(role model)になって下さっている方だと言った。私のようにこういうメンターに会いたがり、成功を夢見る若者たちにぜひ聞かせてあげたいのは我がメンターの話だ。
我がメンターの道
1、ひたすら神様とイエス様を人生のメンターとして仕える
我が師匠は「私が世界的な指導者として人生を成功している秘訣は、絶え間ない実践、そして多くの困難の中でも絶対神様の手を離さなかったこと、つまり信仰だ」とおっしゃった。孫子の兵法を2000読した教授から講義も聴いてみたり、道徳経を3000読したジョンピョ僧侶の講義も聴いてみたが、聖書を2000読した師匠の講義だけ聴いたことがなかった。聖書は世の中で最も多くの成功談と失敗談を書き込んだ本であり、唯一天の霊感によって書かれた本だ。人生と人類についてのすべての秘密と預言が書き込まれているからだ。
先生の聖書講義を全部聴いたとき、私は夢を見た。青い空が裂けてその間からイエス様が降りて来られる夢!本当に神秘的で感慨を覚えた。イエス様は麻布の服を着ておられ、胸には大きな剣をさしておられた。それは「真理の剣」だと聖書に書かれていた。イエス様の顔の後ろから光り輝く赤い色と黄色が作り出す後光は記憶から消えることがなかった。その夢を見て、改めて我が師匠、我がメンターについての確信を持つきっかけになった。ひたすら神様とイエス様を人生のメンターとして仕え、学んでこられ、その宝石のような教えを下さった我がメンター、師匠に心から感謝を捧げる。
我が師匠の生き方を見ると本当に大韓民国の誇りだ。韓国人としてアメリカのウェストポイント陸軍士官学校で講演をした人は多くない。パク・チョンヒ大統領も招待を受け、学生たちの査閲を受けはしたが、演説をすることはできなかった。ウエストポイントがアメリカで占める位相と権威から考えると誰でも講壇に立てるわけではないのは、ある意味で当然なことかもしれない。ブッシュ大統領やイギリスのチャールズ皇太子、マッカーサー将軍、アイゼンハワー大統領といったような人々が立った所だ。
そのような場所で我がメンターが招待講演をするようになったのは、3年半の間ベトナム戦争を経験して書かれた「愛と平和のベトナム戦争」を、ある知人が読んで大きく感動を受け紹介してくれたからである。超強大国であるアメリカが唯一失敗した戦争として有名なベトナム戦争を通して経験した、戦争の悲惨な状況と平和の大切さ、命の価値と人類愛、そして戦争の中で共にした神様の働きなど、その内容はウェストポイントの学生だけでなく出席した米軍の将校たちにとって常に不名誉としか思えなかったベトナム戦争が新たに認識される瞬間だった。とくに30回を超える死の瀬戸際から助けて下さった神様の働きを通して、多くの学生たちは自分のことのように感動を受けたという。自分が死ぬしかない瞬間でも神様に敵の命を助けて下さいと祈り実践した者のみが語れることであろう。その時の講義が縁となって今も師匠と弟子の縁を結んでいるミラクル・ユンとコプルランド大尉はその講演を最高の名講義として数え、それ以降信仰を持つようになったと振り返った。
2、国家は大きな私
我がメンターはいつも国家と民族のためにお祈りされる指導者だ。1994年、北朝鮮がソウルを火の海にするという発言によって朝鮮半島の戦争の危機が高まっていたとき、師匠は高麗大学の屋外劇場で救国祈祷会を開き、指導者ら1500人と共に月明洞とテドゥン山で徹夜のお祈りをなさった。その後私は劇的に戦争の危機が解消されるのを直接目撃し、また驚きを隠せなかった。1998年、月刊誌である「新東亜」8月号の「94年の朝鮮半島戦争の危機」特集記事を見るようになった。我が師匠が徹夜のお祈りを通して「喜びなさい!恐るべきことが起こらないようにするであろう!」という神様の声を聞いた時間と、アメリカが北朝鮮のヨンビョンにある各施設を爆撃しようとした時間がほぼ一致した。金日成がIAEAの核査察を受けることにした時間だった。劇的に全ての問題が解決される瞬間を見ながら、神様の働かれておられるのを悟った。「私についてくる弟子たちが国家と民族のために祈らない罪を負ってはいけないのだ」という御言葉の中でも、総裁の国への愛は十分推し量ることができる。
3、文化と芸術を通して世界をひとつに−自分を開発しなさい、成功の秘訣は実践だ
我が師匠は文化と芸術で神様に栄光を帰し、世界平和を実現していらっしゃる。
とくにGACPの行事を通して世界各国の若者たちが共にする文化・芸術の祝祭は、既に国家的な次元を超え世界的な行事として知られている。
2002年、ワールドカップの行事と共に行なわれたテジョン・ワールドカップ競技場でのGACPの行事は実に素晴らしかった。その行事を見守った多くのマスコミもまた神様の文化・芸術のワールドカップだと大々的に報道した。参加した外国人にとってこの行事は韓国に対するイメージまで新たにするきっかけになった。
師匠は「動く全てのものは芸術だ」、「自分をどのように開発するかによって価値は変わる」という御言葉で、背が高すぎてコンプレックスを持っていた弟子たちをモデルとして、踊れなかった弟子たちはチアとして、楽器に一度も触れたことのなかった弟子たちも管弦楽を演奏できるように啓発して下さった。
最高の専門家になる秘訣は繰り返しである。続けて実践し、繰り返す時に実力が伸びるのだ。「私も踊れなかったが、ずっと繰り返して練習をしたらサッカー選手になったし、水泳も、文章を書くことも、絵を描くことも、説教をすることも繰り返して実践してみたらもっとうまくできるようになり、最高になったのだ」とおっしゃった。また「聖書のすべての成功者らも実践者であって、結局実践者のみ歴史に残る」とおっしゃった。
我がメンターは「神様の偉大な愛は犠牲と奉仕を通して表現されるものだ」という教えをもって社会と国家、そして世界次元のボランティアを直々に実践してこられた。障害者のオリンピックと、2002年と2006年のワールドカップの時は、チア団を結成して韓国の選手だけでなく外国の選手まで組織的に応援してあげたり、各国別にサポーターを結成したりして、韓国のいいイメージを知らせようと大いなる努力を注がれた。明るい笑顔キャンペーンを繰り広げ、韓国を訪れる外国人たちに、明るい笑顔で親切と奉仕の活動を行事の期間中ずっと実践した。こういう自発的な活動によって、キム・デジュン大統領から感謝状と親書までもらったこともあった。
我が師匠の故郷にはウォルミョン自然聖殿が開発されている。そこはあらゆる世界的な行事だけでなく、弟子たちの修養院の空間として、お祈りする聖殿として、心の休息所として、社会人たちにはアイデアと霊感を受ける空間として、使えるように開発して下さった。
ここを訪れる外国人たちや外部の人たちは「世界的な造景作品」だという賛辞を送り、特に「もがきなしには傑作品もない」という教えを残して築き上げた自然聖殿の開発過程は見る人々にとって胸がじいんとする感動を感じさせる。私たちは祈りと霊感、人生の問題を解決できる空間を贈り物としてもらったのだ。外国の弟子たちは学校の休みや休暇をとって多くの時間と相当額の経費をかけてでも訪ねたがるということを考えると、よりその価値が実感できる。
真の成功のリーダーとして導いてくださった我がメンター
先に述べた数多くの成功者たちを通して見たように、人生の成功について語るとき、メンターとの出会い、そして信仰を抜きにしては真の成功を語ることはできない。私も偉大なメンターとの出会いを通して成功の知恵を学び、また信仰の道に入りながらより大きな成功を遂げるようになった。
生きていきながら誰でも人生の限界を感じ、人生の終わりには結局虚しさを感じるようになる。それはまさに霊的な存在について悟れずに生きるからであり、霊的な投資をあまりにも疎かにしたからである。人間の行動は心が左右し、心は霊が左右し、霊は神様が左右するという。これまで私たちは肉的な次元と魂的な次元(心)の生き方と成功ばかりを考えて生きてきた。これからはより次元の高い霊的な生き方と成功に挑戦し、真なる成功のリーダーになるべきだ。「次元の高い教育が次元の高い人生を導く」という言葉のように、霊的な御言葉を聞いて実践することで次元の高い生活を営めることを願う。
「師匠の日」が過ぎたが、私たちは人生を成功に導いて下さった師匠、つまりメンターに対する感謝を忘れてはいけない。そして今も真のメンターに会えずにいる方々がいらっしゃるなら、この文章を通して我が師匠、我がメンターを共有できることを願う。
文:LSCリーダーシップ所長イム・チョンテ
摂理の月刊誌「チョウンソリ」2007年5−7月号より p.38-42 師匠の日 企画記事1
(「チョウンソリ」について)
月刊宗教雑誌「チョウンソリ」は、神様が導いていかれる摂理歴史の顔であり、その人格を象徴しています。当世の誇りであり、千年史に長く残る神様の御働きを伝えるニュース作品であり、この時代、この地上に神様が降臨なさって、愛する人たちを通して行なわれる偉大な姿を証する画報集です。
したがって、個性と使命にしたがって、自分に現れる神様を誇りとし、主をあまねく証したい人であれば誰でも「チョウンソリ」に参加することができ、この本を通して、神様が共になさったしるし、偉大な実践のいきさつが、世界の国々に響き渡っています。人々は「チョウンソリ」に掲載された文章や写真を見ながら、改めて摂理歴史のビジョンを持つようになったといいます。自ら行なって成されたことだけを歪曲することなく表現しているので、どんな本より感動が大きいからです。これからも「チョウンソリ」は毎月、神様の良い(チョウン)声(ソリ)、喜びの知らせを生き生きと伝えるガブリエル天使長の役割を果たしていきます。
この記事は、いつものCGMサイトでも読むことができます。
http://cgm.or.kr/
訳注:韓国では、5月5日の「子供の日」、5月8日の「両親の日」に続いて、5月15日は「師匠(先生)の日」というのがあり、1964年に、「師に感謝し、尊敬の念を表す」ために制定されました。
メンター(Mentor)という言葉はよく使うが、正確な意味や語源を知らずに使っている場合が多い。トロイの国王は重要な戦争の出征式を前にして一つの悩みを持つようになる。まだ成長していない息子の養育問題だった。先の読めない戦争の出征式の直前、父の役割と師匠の役割を両方してくれそうな友人に王子を預けるのだが、その友人の名前がまさに「メントル」である。ここから由来し、「メンター」(Mentor)という言葉が生まれたのだが、正確な意味は「人生の全般的な問題をコーチし、指導してくれる先生」という意味だ。
人々は誰でも人生を成功したいと思う。私も「どうすれば人生を成功できるのか」についてたくさん悩んで生きてきた。だから成功に関わる本であれば、手当たり次第に読みあさり、その数は2千冊を超える。世界的な投資専門家であり、財閥順位2位を記録しているウォーレン・バフェットや、近代の戦争英雄ナポレオンも非常な読書マニアで、成功の秘訣を「読書」だと言っている。ナポレオンの語録の中に「私が8千冊の本を読んだら、ヨーロッパ大陸が私の足下にあった」という有名な言葉がある。また100年の伝統を誇るアメリカのシカゴ大学がそれまで世界的な名声を誇る人物を輩出できなかったのに、わずか20〜30年になんと4〜5名のノーベル賞受賞者を輩出したのも、ロバート・ハッチンス学長が学生たちに古典と偉人伝を必読書として読ませてのことだったと言う。
アメリカの大統領リンカーンも毎年自分の背の高さ(リンカーンの身長は198cm)ほどの本を読んだと言う。
それでは、リンカーンに最も感動を与えた本は何だろうか。それは3歳の時から9歳の時まで床に就くたびに母が枕もとで読んでくれた「聖書(Bible)」だと言う。リンカーンが9歳の時、母が肺炎で亡くなる前まで一日も欠かさず読んでくれた「聖書」でなかったら、最高に尊敬される大統領になることはできなかっただろうと、「ホワイトハウスを祈祷室にした大統領」という本で告白している。
成功する人々には秘密がある。人事管理学の教授トマス・ツーロンは「どれだけ他人に良い影響を及ぼして生きるのか」と言い、平和的な人権運動家ガンジーも「成功した人生には必ず善良な痕跡、善良な人生の足跡がなくてはならない」と言った。そして私の師匠、私のメンターも「人生はどれだけおいしく食べて生きるかが問題ではなく、どれだけ義を行なって生きるかが問題だ」という教えを下さった。これが私の考える成功の基準である。
成功の秘訣:メンターと信仰
成功した人たちにはそれぞれ彼らの人生を成功に導いてくれたメンター、つまり師匠がいる。また彼らはみな信仰者だった。偶然の一致かもしれないが、最近直接会ってみたり自叙伝を通して出会った成功した人々、すなわち世界的なCEOや投資家、放送関係者、政治家、スポーツマンなど、彼らの共通点は熱心な信仰者だということだ。
6歳のときホワイトハウスを散歩していたひとりの黒人少女が「お父さん!必ず私はこの中に入るわ」という叫びを40年が過ぎた今、現実にした主人公コンドリーザ・ライス米国務長官。彼女も母のお腹の中で10ヶ月間一日も欠かさず讃美を聞いて育ち、主日礼拝中に生まれた母胎信仰者だ。彼女に今日最高の国務長官として、ホワイトハウスの参謀として認められるようにしてくれたメントルがいた。すなわちジョセフ・コベル教授との出会いだ。大学に進学したコンディは友達の勧めと紹介でデンバー大学の講堂でソ連学の講義を聴講するようになり、「何かわけのわからない戦慄が講義を聴く間じゅう消えなかった」と振り返った。そしてコベル教授から政治学の授業だけでなく、実務で積み上げた外交家としての力量を伝授される。コンディは「今私がブッシュ大統領に能力を認めてもらえるのは私のメンターであり私の師匠であるコベル教授から学んだ、簡潔かつ明確に意味を伝えることのできる能力のおかげだ」と回顧録で言っている。そして父のブッシュ大統領以降息子のブッシュ大統領に至るまで招かれるようになったのも「メンターとの出会いと信仰」のおかげだと言っている。
9.11のテロが発生した時、その危険な瞬間にもブッシュ大統領と会い、事態を収拾して一番先にしたことがまさにお祈り(p39の写真参照)だったという。写真に出ている場面はまさにブッシュ大統領と共に二度とあってはならないテロとの戦いを前にして天の知恵を受け、全ての問題を最も早く完璧に処理できるようにして下さいと祈っている場面である。
オプラ・ウィンフリーも、今は年俸1200億の、固定視聴者1億人以上の最高のトークショーの司会者として、最も尊敬される放送関係者であるが、そんな華やかな人生の裏には本当に辛い過程が隠されている。
1954年1月ミシシッピ州で私生児として生まれたオプラ・ウィンフリーは幼い頃、ひどい貧しさで悲惨で苦しい暮らしだったので、祖母の家に送られ成長するようになった。唯一の友達であり遊びと言えば、祖母の家にいる牛に飼い葉をやることと、唯一の本である聖書を牛に読んでやり時間を過ごすことだった。こうして読むようになった聖書を通してオプラは徐々に「ストーリーテラー(伝えようとする内容におもしろいストーリーを上塗りする人)の資格を既に4歳の時から備え始めていたのだ。そうして10歳の時、従兄から性的暴行を受け、人生を彷徨うようになり、158cmの低い身長でなんと100kgを超える巨体になったりもする。14歳の時、シングルマザーの身で麻薬という最悪の道を歩むようになり、まさに絶望的な人生そのものだった。あげくは自殺まで試みたが、神様の助けによって信仰の道に入るようになる。それ以上失うもののないオプラにとって神様の招きは希望そのものだった。幸いにも賢く才能ある学生だったため、すぐに学業についていくことができた。テネシー州立大学で意思疎通とコミュニケーションの役割について勉強しつつ、彼女の対話術についての気質と素質はアンカーマンとして抜擢されて惜しみなく発揮された。
彼女が放送で扱う主題はまさに「希望」である。どんな場合にも希望と望みを失ってはいけないということだ。黒人に、私生児に、シングルマザーに、100kgを超える少女から世界1億人を相手にするスター放送人へと生まれ変わったオプラ・ウィンフリー。彼女に成功の道を開いてくれ、死んでいく人生に灯火をつけてくれたものはまさしく信仰だと告白する。
我がメンターとの出会い
私は成功について特別な愛着を持っていて、成功へと導いてくれるメンターとの出会いを夢見ていた。それで数多くの本を読み、チン・デチェ長官やビル・ゲイツ、世界的な料理師ピエール・ガニエール、シリコンバレーの主人公キム・テヨン会長、世界人権大統領パン・ギムン長官など、多くの成功者に会ってみた。その中で最も記憶に残る出会いを挙げろというなら、断然、鄭明析先生との出会いだ。更に驚いたことは、聖書をなんと2000読なさり、30年以上テドゥン山で個人と民族、世界のためのお祈りの条件を積まれたということだった。最初私に総裁を紹介してくれた先輩は、世界的な精神的指導者として数多くの若者たちをメンタリングして下さり、彼らにとって師匠であり信仰人として「ロールモデル」(role model)になって下さっている方だと言った。私のようにこういうメンターに会いたがり、成功を夢見る若者たちにぜひ聞かせてあげたいのは我がメンターの話だ。
我がメンターの道
1、ひたすら神様とイエス様を人生のメンターとして仕える
我が師匠は「私が世界的な指導者として人生を成功している秘訣は、絶え間ない実践、そして多くの困難の中でも絶対神様の手を離さなかったこと、つまり信仰だ」とおっしゃった。孫子の兵法を2000読した教授から講義も聴いてみたり、道徳経を3000読したジョンピョ僧侶の講義も聴いてみたが、聖書を2000読した師匠の講義だけ聴いたことがなかった。聖書は世の中で最も多くの成功談と失敗談を書き込んだ本であり、唯一天の霊感によって書かれた本だ。人生と人類についてのすべての秘密と預言が書き込まれているからだ。
先生の聖書講義を全部聴いたとき、私は夢を見た。青い空が裂けてその間からイエス様が降りて来られる夢!本当に神秘的で感慨を覚えた。イエス様は麻布の服を着ておられ、胸には大きな剣をさしておられた。それは「真理の剣」だと聖書に書かれていた。イエス様の顔の後ろから光り輝く赤い色と黄色が作り出す後光は記憶から消えることがなかった。その夢を見て、改めて我が師匠、我がメンターについての確信を持つきっかけになった。ひたすら神様とイエス様を人生のメンターとして仕え、学んでこられ、その宝石のような教えを下さった我がメンター、師匠に心から感謝を捧げる。
我が師匠の生き方を見ると本当に大韓民国の誇りだ。韓国人としてアメリカのウェストポイント陸軍士官学校で講演をした人は多くない。パク・チョンヒ大統領も招待を受け、学生たちの査閲を受けはしたが、演説をすることはできなかった。ウエストポイントがアメリカで占める位相と権威から考えると誰でも講壇に立てるわけではないのは、ある意味で当然なことかもしれない。ブッシュ大統領やイギリスのチャールズ皇太子、マッカーサー将軍、アイゼンハワー大統領といったような人々が立った所だ。
そのような場所で我がメンターが招待講演をするようになったのは、3年半の間ベトナム戦争を経験して書かれた「愛と平和のベトナム戦争」を、ある知人が読んで大きく感動を受け紹介してくれたからである。超強大国であるアメリカが唯一失敗した戦争として有名なベトナム戦争を通して経験した、戦争の悲惨な状況と平和の大切さ、命の価値と人類愛、そして戦争の中で共にした神様の働きなど、その内容はウェストポイントの学生だけでなく出席した米軍の将校たちにとって常に不名誉としか思えなかったベトナム戦争が新たに認識される瞬間だった。とくに30回を超える死の瀬戸際から助けて下さった神様の働きを通して、多くの学生たちは自分のことのように感動を受けたという。自分が死ぬしかない瞬間でも神様に敵の命を助けて下さいと祈り実践した者のみが語れることであろう。その時の講義が縁となって今も師匠と弟子の縁を結んでいるミラクル・ユンとコプルランド大尉はその講演を最高の名講義として数え、それ以降信仰を持つようになったと振り返った。
2、国家は大きな私
我がメンターはいつも国家と民族のためにお祈りされる指導者だ。1994年、北朝鮮がソウルを火の海にするという発言によって朝鮮半島の戦争の危機が高まっていたとき、師匠は高麗大学の屋外劇場で救国祈祷会を開き、指導者ら1500人と共に月明洞とテドゥン山で徹夜のお祈りをなさった。その後私は劇的に戦争の危機が解消されるのを直接目撃し、また驚きを隠せなかった。1998年、月刊誌である「新東亜」8月号の「94年の朝鮮半島戦争の危機」特集記事を見るようになった。我が師匠が徹夜のお祈りを通して「喜びなさい!恐るべきことが起こらないようにするであろう!」という神様の声を聞いた時間と、アメリカが北朝鮮のヨンビョンにある各施設を爆撃しようとした時間がほぼ一致した。金日成がIAEAの核査察を受けることにした時間だった。劇的に全ての問題が解決される瞬間を見ながら、神様の働かれておられるのを悟った。「私についてくる弟子たちが国家と民族のために祈らない罪を負ってはいけないのだ」という御言葉の中でも、総裁の国への愛は十分推し量ることができる。
3、文化と芸術を通して世界をひとつに−自分を開発しなさい、成功の秘訣は実践だ
我が師匠は文化と芸術で神様に栄光を帰し、世界平和を実現していらっしゃる。
とくにGACPの行事を通して世界各国の若者たちが共にする文化・芸術の祝祭は、既に国家的な次元を超え世界的な行事として知られている。
2002年、ワールドカップの行事と共に行なわれたテジョン・ワールドカップ競技場でのGACPの行事は実に素晴らしかった。その行事を見守った多くのマスコミもまた神様の文化・芸術のワールドカップだと大々的に報道した。参加した外国人にとってこの行事は韓国に対するイメージまで新たにするきっかけになった。
師匠は「動く全てのものは芸術だ」、「自分をどのように開発するかによって価値は変わる」という御言葉で、背が高すぎてコンプレックスを持っていた弟子たちをモデルとして、踊れなかった弟子たちはチアとして、楽器に一度も触れたことのなかった弟子たちも管弦楽を演奏できるように啓発して下さった。
最高の専門家になる秘訣は繰り返しである。続けて実践し、繰り返す時に実力が伸びるのだ。「私も踊れなかったが、ずっと繰り返して練習をしたらサッカー選手になったし、水泳も、文章を書くことも、絵を描くことも、説教をすることも繰り返して実践してみたらもっとうまくできるようになり、最高になったのだ」とおっしゃった。また「聖書のすべての成功者らも実践者であって、結局実践者のみ歴史に残る」とおっしゃった。
我がメンターは「神様の偉大な愛は犠牲と奉仕を通して表現されるものだ」という教えをもって社会と国家、そして世界次元のボランティアを直々に実践してこられた。障害者のオリンピックと、2002年と2006年のワールドカップの時は、チア団を結成して韓国の選手だけでなく外国の選手まで組織的に応援してあげたり、各国別にサポーターを結成したりして、韓国のいいイメージを知らせようと大いなる努力を注がれた。明るい笑顔キャンペーンを繰り広げ、韓国を訪れる外国人たちに、明るい笑顔で親切と奉仕の活動を行事の期間中ずっと実践した。こういう自発的な活動によって、キム・デジュン大統領から感謝状と親書までもらったこともあった。
我が師匠の故郷にはウォルミョン自然聖殿が開発されている。そこはあらゆる世界的な行事だけでなく、弟子たちの修養院の空間として、お祈りする聖殿として、心の休息所として、社会人たちにはアイデアと霊感を受ける空間として、使えるように開発して下さった。
ここを訪れる外国人たちや外部の人たちは「世界的な造景作品」だという賛辞を送り、特に「もがきなしには傑作品もない」という教えを残して築き上げた自然聖殿の開発過程は見る人々にとって胸がじいんとする感動を感じさせる。私たちは祈りと霊感、人生の問題を解決できる空間を贈り物としてもらったのだ。外国の弟子たちは学校の休みや休暇をとって多くの時間と相当額の経費をかけてでも訪ねたがるということを考えると、よりその価値が実感できる。
真の成功のリーダーとして導いてくださった我がメンター
先に述べた数多くの成功者たちを通して見たように、人生の成功について語るとき、メンターとの出会い、そして信仰を抜きにしては真の成功を語ることはできない。私も偉大なメンターとの出会いを通して成功の知恵を学び、また信仰の道に入りながらより大きな成功を遂げるようになった。
生きていきながら誰でも人生の限界を感じ、人生の終わりには結局虚しさを感じるようになる。それはまさに霊的な存在について悟れずに生きるからであり、霊的な投資をあまりにも疎かにしたからである。人間の行動は心が左右し、心は霊が左右し、霊は神様が左右するという。これまで私たちは肉的な次元と魂的な次元(心)の生き方と成功ばかりを考えて生きてきた。これからはより次元の高い霊的な生き方と成功に挑戦し、真なる成功のリーダーになるべきだ。「次元の高い教育が次元の高い人生を導く」という言葉のように、霊的な御言葉を聞いて実践することで次元の高い生活を営めることを願う。
「師匠の日」が過ぎたが、私たちは人生を成功に導いて下さった師匠、つまりメンターに対する感謝を忘れてはいけない。そして今も真のメンターに会えずにいる方々がいらっしゃるなら、この文章を通して我が師匠、我がメンターを共有できることを願う。
文:LSCリーダーシップ所長イム・チョンテ
摂理の月刊誌「チョウンソリ」2007年5−7月号より p.38-42 師匠の日 企画記事1(「チョウンソリ」について)
月刊宗教雑誌「チョウンソリ」は、神様が導いていかれる摂理歴史の顔であり、その人格を象徴しています。当世の誇りであり、千年史に長く残る神様の御働きを伝えるニュース作品であり、この時代、この地上に神様が降臨なさって、愛する人たちを通して行なわれる偉大な姿を証する画報集です。
したがって、個性と使命にしたがって、自分に現れる神様を誇りとし、主をあまねく証したい人であれば誰でも「チョウンソリ」に参加することができ、この本を通して、神様が共になさったしるし、偉大な実践のいきさつが、世界の国々に響き渡っています。人々は「チョウンソリ」に掲載された文章や写真を見ながら、改めて摂理歴史のビジョンを持つようになったといいます。自ら行なって成されたことだけを歪曲することなく表現しているので、どんな本より感動が大きいからです。これからも「チョウンソリ」は毎月、神様の良い(チョウン)声(ソリ)、喜びの知らせを生き生きと伝えるガブリエル天使長の役割を果たしていきます。
この記事は、いつものCGMサイトでも読むことができます。
http://cgm.or.kr/
訳注:韓国では、5月5日の「子供の日」、5月8日の「両親の日」に続いて、5月15日は「師匠(先生)の日」というのがあり、1964年に、「師に感謝し、尊敬の念を表す」ために制定されました。
主題;顔は看板だ。顔で神様に栄光を帰しなさい
本文;詩篇39:1、150:1−6、34:10−19
よく「人物が看板」だと言い、「自分の位置が看板」だと言います。
顔には目、耳、鼻、口があります。目はよく見なくてはいけません。耳はよく聞かなくてはいけません。口はよく話さなくてはいけません。鼻はよく息をしなくてはいけません。見る看板、聞く看板、話す看板、呼吸の看板です。皆、看板の価値を立派に果たすことを願います。
一番目、目が看板です。
人をよく見られないと、失敗するし、自分の願いを成就できないし、損害を被ることになります。だから人もよく見て、足を踏むところもよく注意して見なくてはいけません。薄氷の張った場所なのか、かちかちに凍りついた氷なのか、石橋なのか、腐った橋なのか、よく見なくてはいけません。
人を見誤ると、とても大きな害を被ることになります。それによって自分の良い心が落胆するようになるし、害を被るようになるし、信仰と救いまで奪われるようになります。神様とイエス様のように、炎のような目で注意してよく見て、精神と霊魂と、間接と骨髄とを切り離すまでに見ながら、完全によく見て行なわなくてはいけません。特に事業をする人たちは、人を見誤ってつぶれてしまうことがよくあります。よく見れば繁盛するようになります。
心の目、霊の目、心霊の目まで全て動員して見なくてはいけません。目がかすんでよく見られなければ、主に伺わなくてはいけません。人の外見を見ないで、その人の行いを見なくてはいけません。焦って見ないで、徹底的に見なくてはいけません。
狼なのか、狐なのか、よく見なくてはいけないし、うわべは羊の服を着て、中身は狼の行いをしているのか、よく見なくてはいけません。中身が違い、うわべと違う行動をしているのか見て、雰囲気で信仰が入っているのか、群れを成す信仰で生きているのか、本当に信仰生活をしているのか、よく見なくてはいけません。
二番目、耳が看板です。
神様は自らもお聞きになりますが、完璧に治めるために、数百億の天使たちの中から最も有能な天使を人間たちにそれぞれ配置しておかれ、人々が話すことを全て聞いて、毎日時間ごとに報告させます。だから、間違ったことがあるなら、1日の日が沈む前に悔い改めて解かなくてはいけません。
天使たちが私たちの行いを神様に報告する前に、早く悔い改めるべきことを悔い改めて、すべきことをしなくてはいけません。教会でも御言葉を聴くとき、長い間居眠りしたら目につきます。間違いをした状態で長い時間が過ぎると目につきます。悔い改めも、長い間しなければ、神様に報告されて、解くのが大変です。罪を犯したらすぐに悔い改めなくてはいけません。
神様もこのように耳の看板を貴くお使いになります。
私たち人間も、耳が軽くてはいけません。誰かがこうだと言うとこちらへ傾き、誰かがああだと言うとあちらへ傾いて、右往左往しては絶対にいけません。よく聞き、確認して聞き、他の人たちが聞いたことを総合して聞き、あちこちで聞いたことを総合し、家で分析して聞き、秤にかけて見るようにした後に、話をしなくてはいけません。それも必ず話すべきことなのか見て、それに該当するなら話すべきです。
耳が看板の価値をきちんと果たせないなら、耳の門を閉じなくてはいけません。耳の門を閉じなさいという話は、耳をふさいで暮らしなさいということです。水泳するときに耳をふさぐもので耳をふさいで暮らせばいいです。先生も雑談を聞くまいと耳をふさいで暮らしながら、上から来る主の御言葉だけを聞いて暮らしたので、ひと時の患難に打ち勝ちました。
正しいことも聞き誤ると信仰が崩れることになります。信仰が病にかかることになります。サタンと悪霊に惑わされて行なう人たちの言葉を分別できなくて、耳で聞いて、心で受け入れると、毒薬を一杯飲んだのと同じです。だからすぐに倒れるのです。毒薬を一匙飲んだ人なら吐かせて応急処置をすれば助かりますが、与えるままにすべて飲んでしまったら、死亡へと至ることになります。
天国に行くのは易しいことだと思うなら、無知な人です。
三番目、口が看板です。
神様は完全な御言葉だけを語られます。主も完全な御言葉だけを語られます。その口から出た御言葉は、空しく戻って来ることがありません。裁きと祝福の言葉です。ペテロの第一の手紙3:10を見ると、幸いな日々を過ごそうと願う人は、舌を慎み、言葉を慎みなさいとあります。
神様はダビデ王をご覧になって、私の心に適うと仰いました。ダビデは万事においていつも神様を讃美し、祈りました。私の舌で罪を犯さないようにして下さいと祈り、万事において口を慎みながら暮らしたことを、聖書を通して見ることができます。これだけでなく、顔の看板である、見ることと聞くことを慎みながら、呼吸であるお祈りもいつもしながら暮らしました。
神様は御言葉で天地を創造したと言いました。私たち人間も、言葉で自分の人生を創造しながら生きています。良い言葉は良く生きていくようにし、悪い言葉は悪く生きていくようにします。見たとおりに、聞いたとおりに、話した通りに、人生を生きていくようになるから、よく見て、聞いて、話しながら生きなくてはいけません。そうしないと全ての苦労が無駄になり、人生を失敗し、行きたくない地獄の道を歩むことになります。
良い言葉と行いで神様に栄光を帰し、伝道しお祈りし和睦して神様に栄光を帰して生きることを願います。そうしてこそ良い便りを聞くようになり、良い日が必ず訪れるようになります。ハレルヤ〜アーメン!!
元記事はこちらです
http://cgm.or.kr/
本文;詩篇39:1、150:1−6、34:10−19
よく「人物が看板」だと言い、「自分の位置が看板」だと言います。
顔には目、耳、鼻、口があります。目はよく見なくてはいけません。耳はよく聞かなくてはいけません。口はよく話さなくてはいけません。鼻はよく息をしなくてはいけません。見る看板、聞く看板、話す看板、呼吸の看板です。皆、看板の価値を立派に果たすことを願います。
一番目、目が看板です。
人をよく見られないと、失敗するし、自分の願いを成就できないし、損害を被ることになります。だから人もよく見て、足を踏むところもよく注意して見なくてはいけません。薄氷の張った場所なのか、かちかちに凍りついた氷なのか、石橋なのか、腐った橋なのか、よく見なくてはいけません。
人を見誤ると、とても大きな害を被ることになります。それによって自分の良い心が落胆するようになるし、害を被るようになるし、信仰と救いまで奪われるようになります。神様とイエス様のように、炎のような目で注意してよく見て、精神と霊魂と、間接と骨髄とを切り離すまでに見ながら、完全によく見て行なわなくてはいけません。特に事業をする人たちは、人を見誤ってつぶれてしまうことがよくあります。よく見れば繁盛するようになります。
心の目、霊の目、心霊の目まで全て動員して見なくてはいけません。目がかすんでよく見られなければ、主に伺わなくてはいけません。人の外見を見ないで、その人の行いを見なくてはいけません。焦って見ないで、徹底的に見なくてはいけません。
狼なのか、狐なのか、よく見なくてはいけないし、うわべは羊の服を着て、中身は狼の行いをしているのか、よく見なくてはいけません。中身が違い、うわべと違う行動をしているのか見て、雰囲気で信仰が入っているのか、群れを成す信仰で生きているのか、本当に信仰生活をしているのか、よく見なくてはいけません。
二番目、耳が看板です。
神様は自らもお聞きになりますが、完璧に治めるために、数百億の天使たちの中から最も有能な天使を人間たちにそれぞれ配置しておかれ、人々が話すことを全て聞いて、毎日時間ごとに報告させます。だから、間違ったことがあるなら、1日の日が沈む前に悔い改めて解かなくてはいけません。
天使たちが私たちの行いを神様に報告する前に、早く悔い改めるべきことを悔い改めて、すべきことをしなくてはいけません。教会でも御言葉を聴くとき、長い間居眠りしたら目につきます。間違いをした状態で長い時間が過ぎると目につきます。悔い改めも、長い間しなければ、神様に報告されて、解くのが大変です。罪を犯したらすぐに悔い改めなくてはいけません。
神様もこのように耳の看板を貴くお使いになります。
私たち人間も、耳が軽くてはいけません。誰かがこうだと言うとこちらへ傾き、誰かがああだと言うとあちらへ傾いて、右往左往しては絶対にいけません。よく聞き、確認して聞き、他の人たちが聞いたことを総合して聞き、あちこちで聞いたことを総合し、家で分析して聞き、秤にかけて見るようにした後に、話をしなくてはいけません。それも必ず話すべきことなのか見て、それに該当するなら話すべきです。
耳が看板の価値をきちんと果たせないなら、耳の門を閉じなくてはいけません。耳の門を閉じなさいという話は、耳をふさいで暮らしなさいということです。水泳するときに耳をふさぐもので耳をふさいで暮らせばいいです。先生も雑談を聞くまいと耳をふさいで暮らしながら、上から来る主の御言葉だけを聞いて暮らしたので、ひと時の患難に打ち勝ちました。
正しいことも聞き誤ると信仰が崩れることになります。信仰が病にかかることになります。サタンと悪霊に惑わされて行なう人たちの言葉を分別できなくて、耳で聞いて、心で受け入れると、毒薬を一杯飲んだのと同じです。だからすぐに倒れるのです。毒薬を一匙飲んだ人なら吐かせて応急処置をすれば助かりますが、与えるままにすべて飲んでしまったら、死亡へと至ることになります。
天国に行くのは易しいことだと思うなら、無知な人です。
三番目、口が看板です。
神様は完全な御言葉だけを語られます。主も完全な御言葉だけを語られます。その口から出た御言葉は、空しく戻って来ることがありません。裁きと祝福の言葉です。ペテロの第一の手紙3:10を見ると、幸いな日々を過ごそうと願う人は、舌を慎み、言葉を慎みなさいとあります。
神様はダビデ王をご覧になって、私の心に適うと仰いました。ダビデは万事においていつも神様を讃美し、祈りました。私の舌で罪を犯さないようにして下さいと祈り、万事において口を慎みながら暮らしたことを、聖書を通して見ることができます。これだけでなく、顔の看板である、見ることと聞くことを慎みながら、呼吸であるお祈りもいつもしながら暮らしました。
神様は御言葉で天地を創造したと言いました。私たち人間も、言葉で自分の人生を創造しながら生きています。良い言葉は良く生きていくようにし、悪い言葉は悪く生きていくようにします。見たとおりに、聞いたとおりに、話した通りに、人生を生きていくようになるから、よく見て、聞いて、話しながら生きなくてはいけません。そうしないと全ての苦労が無駄になり、人生を失敗し、行きたくない地獄の道を歩むことになります。
良い言葉と行いで神様に栄光を帰し、伝道しお祈りし和睦して神様に栄光を帰して生きることを願います。そうしてこそ良い便りを聞くようになり、良い日が必ず訪れるようになります。ハレルヤ〜アーメン!!
元記事はこちらですhttp://cgm.or.kr/
主題;神様に栄光と感謝
本文;詩篇108:1−7、詩篇150:1−6、ヨハネの黙示録19:4−10
狭い世界で暮らしていても、希望を起こして甲斐をもって暮らしながら、神様がお任せになった仕事を不満なく感謝して行なって生きているのに、どうして広い世界で暮らしながらも甲斐をもって幸せに主と同行しながら和睦して暮らせず、不安・気がかり・心配の中で、苦しい心で生きているのですか。主に仕え、自分のすべき仕事をできずに生きているからです。
どこへ行っても環境の影響を受けず、制裁を受けず、神様が願う生き方を、時計のように生きるべきです。時計はどこに置いておいても変わることなく進みます。人間は、環境の影響をあまりにもよく受けます。環境を意識せず、食べることに環境の影響を受けず、着ることに環境の影響を受けず、人々を意識して人の影響を受けず、大胆に強く生きるべきです。誰のように生きるのかと言うのですか。イエス様のように生きるべきです。
イエス様は毎日私に仰いました。
「そんなに食べることが大切なのか。そんなに着ることが大切なのか。そんなに環境が大切なのか。そんなに家が大切なのか。」
「イエス様、じゃあ何がそんなに大切でしょうか。イエス様は世の中の人ではなくて霊でいらっしゃるじゃないですか。」
「私が話すときは、私を見て話すのではなく、あなたがたとあなたを見て話す。」
「人間がこの世で生きるには、食べて、着て、暮らす環境が大切であって、何がそれほど大切ですか。」
「私の言葉を聞いて従順して生きることが一番大切だ。そうすれば肉体もうまくいき、霊もうまくいき、天の国に入ることができ、永遠な地獄の苦痛を受けない。」
皆さんもイエス様に訊くとこのようにお答えになります。
良い環境で良い服を着て、良い食べ物を食べて、良い家に住んでも、精神が腐って、行いも霊も腐った生き方をするなら、人生に何の甲斐もありません。主を信じて愛し、その方の御心通りに暮らしながら、全知全能の神様を信じてその方の御心通りに生きるべきです。これが人生最高の理想の生き方です。
神様を信じず、自分の思いどおりに、世の中を中心として生きて、救われず、永遠な苦痛を受ける地獄に行って暮らすようになると、それが幸せですか。本当に神様が認め、主が認めてくれる生き方をすべきです。若い時、自分の思いどおりに生きて、年をとってから神様をよく信じ、イエス様をよく信じて生きても、人生の損害です。若いときから、幼いときから、一生天の御心通りに生きて、神様が願うことをして生きるべきです。
天の国に行ってからは功績を積む時間がありません。この世で行なったことと行い通りに受け、それによって永遠に生きるものです。だから後悔のないように、たくさん、未練なく、天のために自分の人生を惜しまず熱心にやらなくてはいけません。
過去の生き方を後悔するように、年をとってからは熱心に主のために生きられなかった人たちは後悔することになります。後悔したことのない人は、今も神様のために人生を生きるということを分からない人です。
これからこの世でも肉が後悔せず、死んだ後にも霊が後悔しないように、本当に熱心に生きなくてはいけません。天の方向にしたがって、その御言葉をよく守って行なうことを祝福します。
元記事はこちらです
http://cgm.or.kr/
本文;詩篇108:1−7、詩篇150:1−6、ヨハネの黙示録19:4−10
狭い世界で暮らしていても、希望を起こして甲斐をもって暮らしながら、神様がお任せになった仕事を不満なく感謝して行なって生きているのに、どうして広い世界で暮らしながらも甲斐をもって幸せに主と同行しながら和睦して暮らせず、不安・気がかり・心配の中で、苦しい心で生きているのですか。主に仕え、自分のすべき仕事をできずに生きているからです。
どこへ行っても環境の影響を受けず、制裁を受けず、神様が願う生き方を、時計のように生きるべきです。時計はどこに置いておいても変わることなく進みます。人間は、環境の影響をあまりにもよく受けます。環境を意識せず、食べることに環境の影響を受けず、着ることに環境の影響を受けず、人々を意識して人の影響を受けず、大胆に強く生きるべきです。誰のように生きるのかと言うのですか。イエス様のように生きるべきです。
イエス様は毎日私に仰いました。
「そんなに食べることが大切なのか。そんなに着ることが大切なのか。そんなに環境が大切なのか。そんなに家が大切なのか。」
「イエス様、じゃあ何がそんなに大切でしょうか。イエス様は世の中の人ではなくて霊でいらっしゃるじゃないですか。」
「私が話すときは、私を見て話すのではなく、あなたがたとあなたを見て話す。」
「人間がこの世で生きるには、食べて、着て、暮らす環境が大切であって、何がそれほど大切ですか。」
「私の言葉を聞いて従順して生きることが一番大切だ。そうすれば肉体もうまくいき、霊もうまくいき、天の国に入ることができ、永遠な地獄の苦痛を受けない。」
皆さんもイエス様に訊くとこのようにお答えになります。
良い環境で良い服を着て、良い食べ物を食べて、良い家に住んでも、精神が腐って、行いも霊も腐った生き方をするなら、人生に何の甲斐もありません。主を信じて愛し、その方の御心通りに暮らしながら、全知全能の神様を信じてその方の御心通りに生きるべきです。これが人生最高の理想の生き方です。
神様を信じず、自分の思いどおりに、世の中を中心として生きて、救われず、永遠な苦痛を受ける地獄に行って暮らすようになると、それが幸せですか。本当に神様が認め、主が認めてくれる生き方をすべきです。若い時、自分の思いどおりに生きて、年をとってから神様をよく信じ、イエス様をよく信じて生きても、人生の損害です。若いときから、幼いときから、一生天の御心通りに生きて、神様が願うことをして生きるべきです。
天の国に行ってからは功績を積む時間がありません。この世で行なったことと行い通りに受け、それによって永遠に生きるものです。だから後悔のないように、たくさん、未練なく、天のために自分の人生を惜しまず熱心にやらなくてはいけません。
過去の生き方を後悔するように、年をとってからは熱心に主のために生きられなかった人たちは後悔することになります。後悔したことのない人は、今も神様のために人生を生きるということを分からない人です。
これからこの世でも肉が後悔せず、死んだ後にも霊が後悔しないように、本当に熱心に生きなくてはいけません。天の方向にしたがって、その御言葉をよく守って行なうことを祝福します。
元記事はこちらです http://cgm.or.kr/
| ホーム |


