質問>
大学に入って来てJMS(摂理)のサークルと知らずに加入しましたが、後でJMS(摂理)であることを知って、本当にびっくりしました。このようにサークルの形態で活動するJMS(摂理)のメンバーたちは、どんな体系的な教育を受けているのでしょうか。
回答>
CGM(摂理)大学部のメンバーたちは、現在校内でサークルやチーム活動をしている場合が多いです。布教活動を目的としている場合は、宗教の集まりとして活動しています。また、健全な大学文化を成長させることにおいて先頭に立とうと、趣味や特技、奉仕活動をしたりもして、サークル活動も自立的にしています。更に申し上げると、サークルを装って伝道しているのではありません。現在の大学文化を健全な社会指導者を要請していく質の高い場として昇華させようという精神で、様々な集まりをつくっているのです。
そのサークルでCGM(摂理)のメンバーが活動していたり、サークルの代表であることもありますが、だからといってそのサークル全体がCGM(摂理)なのではありません。CGM(摂理)のメンバーが個人的に友人や先輩・後輩に一緒に教会に行こうと言ったり、聖書を学んでみようと言うこともあり得ますが、それは個人的、自立的な活動です。このような活動を誤解するとすれば、まるで映画サークルの人たちがスポーツのスターを好きだから一緒にファンミーティングの場に行くからと言って、スポーツの人たちが、映画サークルと装って活動していると主張するのと同じことです。
したがって、二重の活動を計画してサークル活動をするとか、それについて体系的な教育のようなものは全くありません。
元記事はこちらです
http://cgm.or.kr/
大学に入って来てJMS(摂理)のサークルと知らずに加入しましたが、後でJMS(摂理)であることを知って、本当にびっくりしました。このようにサークルの形態で活動するJMS(摂理)のメンバーたちは、どんな体系的な教育を受けているのでしょうか。
回答>
CGM(摂理)大学部のメンバーたちは、現在校内でサークルやチーム活動をしている場合が多いです。布教活動を目的としている場合は、宗教の集まりとして活動しています。また、健全な大学文化を成長させることにおいて先頭に立とうと、趣味や特技、奉仕活動をしたりもして、サークル活動も自立的にしています。更に申し上げると、サークルを装って伝道しているのではありません。現在の大学文化を健全な社会指導者を要請していく質の高い場として昇華させようという精神で、様々な集まりをつくっているのです。
そのサークルでCGM(摂理)のメンバーが活動していたり、サークルの代表であることもありますが、だからといってそのサークル全体がCGM(摂理)なのではありません。CGM(摂理)のメンバーが個人的に友人や先輩・後輩に一緒に教会に行こうと言ったり、聖書を学んでみようと言うこともあり得ますが、それは個人的、自立的な活動です。このような活動を誤解するとすれば、まるで映画サークルの人たちがスポーツのスターを好きだから一緒にファンミーティングの場に行くからと言って、スポーツの人たちが、映画サークルと装って活動していると主張するのと同じことです。
したがって、二重の活動を計画してサークル活動をするとか、それについて体系的な教育のようなものは全くありません。
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主題;思いがけない時に人の子が来るだろう。目を覚まして用意して迎えなさい。
本文;ルカによる福音書12:35−40
イエス様は、今日の本文の御言葉を通して、主人に仕える人に全てのものを任せ、主人が再び戻って来る時どのように迎えるべきか、正確に教えて下さいました。
この御言葉を通して、神様とイエス様を信じて仕える人たちはこのように準備して目を覚ましている身で迎えなさいと仰いました。「寝ないで、うとうともしないで、目を覚まして、表の門にも、部屋の戸にも、張り付いていなくてはいけない。夜なら灯りを手にして、身を慎んで、耳を傾けて、心も体も準備して立っていなくてはいけない。」と言いました。
ルカによる福音書24:36−53を見ると、イエス様が亡くなった後に弟子たちが心細さの中で、希望を失い、皆集まっている時に、イエス様が部屋に入って来て「あなたがたに平安あれ。」とおっしゃいました。しかし皆、思いがけず迎えたからうろたえました。
準備なしに、思いがけず迎えると恥ずかしく迎えるのです。
イエス様は、「律法でも、万一キリストが死ねば3日経ってよみがえり、ガリラヤへ行くと言っているのに、どうして忘れているのか。」と仰いました。3日前に別れて再び会うとは思えなかったのです。
イエス様は十字架を前にして弟子たちに「準備して祈りなさい。そうしてこそ難しい患難が迫っても試みに陥らない。」と仰いました。それでも弟子たちは祈る時、うとうとしながら、準備できませんでした。そうしているうちに主を失い、落胆しました。
3日後にイエス様が再び来られた時もうまく迎えられませんでした。今日の本文の御言葉のように、門を守っていて迎えるべきでしたが、門をぴったり締めておいて、怖がっていた時にイエス様が現れたので、驚いて幽霊ではないかと言いました。違うと説得するためにイエス様は本当に心情を痛めながら話されました。
このように、主を待ってばかりいないで、任された仕事に忠誠を尽くしながら主を迎えなくてはいけません。灯りを手にして用意し、準備するように、いつも身を慎んで、目を覚まして、自分が考えている時に主を迎えなくてはいけません。いつも目を覚ましていれば、いつ来られても迎えることができます。毎日捧げる燔祭を廃している時、祈らないでいる時、伝道と管理をしないでいる時、讃美と感謝と様々なすべきことをしないでいる時に迎えると、来られて叱るだけ叱って行くようになります。
今日の御言葉は、神様とイエス様は時にしたがって思いがけない時に来られるから、準備して、目を覚ましていなさいと仰いました。
イエス様は、同じ時間にだけ来られるのではありません。いつも同じ方法で来られるのではありません。最初は直接その体を持って来られて、その次は霊体で来られます。その時に必要な人の肉体を使って来られることもあります。だから待っている人たちが「思いがけない時に来る。」という話を本当に深く悟って信じなくてはいけません。これは答えを教えてくれる話です。預言した話です。いつなのか、時間が問題ではなく、迎える人たちの状態を教えてくれて、「だから目を覚ましていなさい。身を慎んで準備していなさい。」と仰ったのです。
健康な人はする仕事が多く、神様とイエス様と近く暮らすほどする仕事がたくさんあります。神様に栄光を帰すことと、様々なすべき仕事がたくさんあります。神様の仕事はすればするほど喜びの仕事です。だから聖書も詳しく読んでみて、大きく解いて、広く解いて、高く解いて、深く解いて、詳しく完全に解いて、そのように生きるべきです。
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本文;ルカによる福音書12:35−40
イエス様は、今日の本文の御言葉を通して、主人に仕える人に全てのものを任せ、主人が再び戻って来る時どのように迎えるべきか、正確に教えて下さいました。
この御言葉を通して、神様とイエス様を信じて仕える人たちはこのように準備して目を覚ましている身で迎えなさいと仰いました。「寝ないで、うとうともしないで、目を覚まして、表の門にも、部屋の戸にも、張り付いていなくてはいけない。夜なら灯りを手にして、身を慎んで、耳を傾けて、心も体も準備して立っていなくてはいけない。」と言いました。
ルカによる福音書24:36−53を見ると、イエス様が亡くなった後に弟子たちが心細さの中で、希望を失い、皆集まっている時に、イエス様が部屋に入って来て「あなたがたに平安あれ。」とおっしゃいました。しかし皆、思いがけず迎えたからうろたえました。
準備なしに、思いがけず迎えると恥ずかしく迎えるのです。
イエス様は、「律法でも、万一キリストが死ねば3日経ってよみがえり、ガリラヤへ行くと言っているのに、どうして忘れているのか。」と仰いました。3日前に別れて再び会うとは思えなかったのです。
イエス様は十字架を前にして弟子たちに「準備して祈りなさい。そうしてこそ難しい患難が迫っても試みに陥らない。」と仰いました。それでも弟子たちは祈る時、うとうとしながら、準備できませんでした。そうしているうちに主を失い、落胆しました。
3日後にイエス様が再び来られた時もうまく迎えられませんでした。今日の本文の御言葉のように、門を守っていて迎えるべきでしたが、門をぴったり締めておいて、怖がっていた時にイエス様が現れたので、驚いて幽霊ではないかと言いました。違うと説得するためにイエス様は本当に心情を痛めながら話されました。
このように、主を待ってばかりいないで、任された仕事に忠誠を尽くしながら主を迎えなくてはいけません。灯りを手にして用意し、準備するように、いつも身を慎んで、目を覚まして、自分が考えている時に主を迎えなくてはいけません。いつも目を覚ましていれば、いつ来られても迎えることができます。毎日捧げる燔祭を廃している時、祈らないでいる時、伝道と管理をしないでいる時、讃美と感謝と様々なすべきことをしないでいる時に迎えると、来られて叱るだけ叱って行くようになります。
今日の御言葉は、神様とイエス様は時にしたがって思いがけない時に来られるから、準備して、目を覚ましていなさいと仰いました。
イエス様は、同じ時間にだけ来られるのではありません。いつも同じ方法で来られるのではありません。最初は直接その体を持って来られて、その次は霊体で来られます。その時に必要な人の肉体を使って来られることもあります。だから待っている人たちが「思いがけない時に来る。」という話を本当に深く悟って信じなくてはいけません。これは答えを教えてくれる話です。預言した話です。いつなのか、時間が問題ではなく、迎える人たちの状態を教えてくれて、「だから目を覚ましていなさい。身を慎んで準備していなさい。」と仰ったのです。
健康な人はする仕事が多く、神様とイエス様と近く暮らすほどする仕事がたくさんあります。神様に栄光を帰すことと、様々なすべき仕事がたくさんあります。神様の仕事はすればするほど喜びの仕事です。だから聖書も詳しく読んでみて、大きく解いて、広く解いて、高く解いて、深く解いて、詳しく完全に解いて、そのように生きるべきです。
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主題;私が愛している。
本文;ヨハネによる福音書14:20−21,15:8−9,15:19−20
神様を信じる人たちだけでなく、地球上の全ての人々は皆、苦痛と苦しみを味わいながら、その中に陥って生きています。「どうしてこんな苦痛を受けるのか」と言って苦しんでいます。誰にでも不安、気がかり、心配や迫り来る苦痛があります。自分ひとりだけ受けていると思うとさらに落胆することになり、さらに苦しみと苦痛を味わうことになります。
全てのことは、皆理由があって迫り来るようになるし、訪れるようになります。罪によって訪れたり、神を信じないから訪れたり、自分の行いの代価として訪れたり、神様の御心を成す道を行く途中で訪れたり、分からない人たちが苦痛を与えて無念な思いをするようになって訪れたり、義人として、サタンと悪霊の主管を受けて行なう人たちを通して受けることがあるし、錬達として受けたりもするし、イエス様のように義人として万民の罪を代わりに背負うために犠牲になる、十字架の苦痛を受けることもあり得ます。
自分の苦痛は移すからと言って解決されるものではありません。解決してこそなくなるものです。兄弟と争う苦痛は、兄弟を遠ざけても心に苦痛があるものです。夫婦喧嘩をすると、話をしないで暮らしたり離れて暮らしたりします。それでも人生の苦痛と心の苦痛は続きます。解決しなくてはいけません。解決してこそ苦痛がなくなります。
肉的な苦痛は、もしひざまずいていて立ち上がればなくなります。これと同じく、おなかが空いている時は食べれば解決するし、体調が悪いときは治療すれば苦痛がなくなるし、環境の苦痛も良い所へ行って暮らせばなくなります。しかし心の苦痛は体の苦痛と違って、体の苦痛をなくす方法では解決されず、神様によって一つ一つ解いて治療されてこそ天国になります。だから人々が食べて、着て、良い所に住んでも、心霊による人生の問題にぶつかって苦しむことから逃れられません。
心と霊は、心で、霊的に、解いてこそ解決できます。肉は肉の世界で根本が癒される、食べて、着て、寝て、それぞれそこに該当することをすることで解決されます。肉体の問題と心と霊の問題が解決されなくてはいけません。この二種類の問題が解決されてこそ人生の苦しみがなくなります。
心は心霊なものだから、心霊な世界で解かれるものです。イエス様がおっしゃるには、「神様を信じ、愛して、その御心どおりに生きる時、心の天国も霊の天国も成される。」と言いました。
ソロモン王は、「願うとおりに全部やってみたが、心霊、すなわち心に楽しみがなく、苦しくて、ひたすら神様に仕えて生きる時、心霊の楽しみがある。」と言いました。ダビデ王は「私が神様に仕えて生きているから、私の霊も心も喜んで歌い、私の肉体も平安だ。」と言いました。
だからどこに住んでも永遠に救われ、永遠に生きる人生を生きなくてはいけません。神様を愛し、イエス様を信じて救われた後に、信仰による患難・迫害・苦痛・無念さを受けるとしても、それに屈することなく堅固に生きれば、人生最高の甲斐ある生き方です。
ペテロがイエス様に言うには、「主はキリストであり、神様の息子だ」と告白しました。イエス様はペテロから真実な愛を受けました。神様はノア、アブラハム、イサク、ヤコブ、ヨセフ、モーセ、ヨシュア、ダビデ、ソロモン、預言者ダニエル、エゼキエル、イザヤ、そしてエステル、モルデカイ等、中心人物たちを中心として真実な愛を告白されました。
私たちも真実な愛を神様とイエス様が受けられるように、先に告白して生きるべきです。どんな苦痛や困難が起こってもこのように忠誠を尽くし、変わることなく愛するべきです。
私たちが天の前に先に告白することが、神様と聖霊とイエス様が私たちの真実な愛を受けることだと言えます。この御言葉を心情にこめて、一生の間生きていくべきです。神様とイエス様が真実な愛を受ければ、責任を負って、変わらずに真実な愛で接して下さいます。これがすなわち天が見る愛です。
天の国では全てのことを愛につなげて話します。イエス様も「あなたが私を愛するなら私の戒めを守りなさい。」とおっしゃっています。本人が本当に心の中心から湧き出て話す言葉と行いを、神様とイエス様がご覧になるとき、真実な愛と思うということを知らなくてはいけません。
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本文;ヨハネによる福音書14:20−21,15:8−9,15:19−20
神様を信じる人たちだけでなく、地球上の全ての人々は皆、苦痛と苦しみを味わいながら、その中に陥って生きています。「どうしてこんな苦痛を受けるのか」と言って苦しんでいます。誰にでも不安、気がかり、心配や迫り来る苦痛があります。自分ひとりだけ受けていると思うとさらに落胆することになり、さらに苦しみと苦痛を味わうことになります。
全てのことは、皆理由があって迫り来るようになるし、訪れるようになります。罪によって訪れたり、神を信じないから訪れたり、自分の行いの代価として訪れたり、神様の御心を成す道を行く途中で訪れたり、分からない人たちが苦痛を与えて無念な思いをするようになって訪れたり、義人として、サタンと悪霊の主管を受けて行なう人たちを通して受けることがあるし、錬達として受けたりもするし、イエス様のように義人として万民の罪を代わりに背負うために犠牲になる、十字架の苦痛を受けることもあり得ます。
自分の苦痛は移すからと言って解決されるものではありません。解決してこそなくなるものです。兄弟と争う苦痛は、兄弟を遠ざけても心に苦痛があるものです。夫婦喧嘩をすると、話をしないで暮らしたり離れて暮らしたりします。それでも人生の苦痛と心の苦痛は続きます。解決しなくてはいけません。解決してこそ苦痛がなくなります。
肉的な苦痛は、もしひざまずいていて立ち上がればなくなります。これと同じく、おなかが空いている時は食べれば解決するし、体調が悪いときは治療すれば苦痛がなくなるし、環境の苦痛も良い所へ行って暮らせばなくなります。しかし心の苦痛は体の苦痛と違って、体の苦痛をなくす方法では解決されず、神様によって一つ一つ解いて治療されてこそ天国になります。だから人々が食べて、着て、良い所に住んでも、心霊による人生の問題にぶつかって苦しむことから逃れられません。
心と霊は、心で、霊的に、解いてこそ解決できます。肉は肉の世界で根本が癒される、食べて、着て、寝て、それぞれそこに該当することをすることで解決されます。肉体の問題と心と霊の問題が解決されなくてはいけません。この二種類の問題が解決されてこそ人生の苦しみがなくなります。
心は心霊なものだから、心霊な世界で解かれるものです。イエス様がおっしゃるには、「神様を信じ、愛して、その御心どおりに生きる時、心の天国も霊の天国も成される。」と言いました。
ソロモン王は、「願うとおりに全部やってみたが、心霊、すなわち心に楽しみがなく、苦しくて、ひたすら神様に仕えて生きる時、心霊の楽しみがある。」と言いました。ダビデ王は「私が神様に仕えて生きているから、私の霊も心も喜んで歌い、私の肉体も平安だ。」と言いました。
だからどこに住んでも永遠に救われ、永遠に生きる人生を生きなくてはいけません。神様を愛し、イエス様を信じて救われた後に、信仰による患難・迫害・苦痛・無念さを受けるとしても、それに屈することなく堅固に生きれば、人生最高の甲斐ある生き方です。
ペテロがイエス様に言うには、「主はキリストであり、神様の息子だ」と告白しました。イエス様はペテロから真実な愛を受けました。神様はノア、アブラハム、イサク、ヤコブ、ヨセフ、モーセ、ヨシュア、ダビデ、ソロモン、預言者ダニエル、エゼキエル、イザヤ、そしてエステル、モルデカイ等、中心人物たちを中心として真実な愛を告白されました。
私たちも真実な愛を神様とイエス様が受けられるように、先に告白して生きるべきです。どんな苦痛や困難が起こってもこのように忠誠を尽くし、変わることなく愛するべきです。
私たちが天の前に先に告白することが、神様と聖霊とイエス様が私たちの真実な愛を受けることだと言えます。この御言葉を心情にこめて、一生の間生きていくべきです。神様とイエス様が真実な愛を受ければ、責任を負って、変わらずに真実な愛で接して下さいます。これがすなわち天が見る愛です。
天の国では全てのことを愛につなげて話します。イエス様も「あなたが私を愛するなら私の戒めを守りなさい。」とおっしゃっています。本人が本当に心の中心から湧き出て話す言葉と行いを、神様とイエス様がご覧になるとき、真実な愛と思うということを知らなくてはいけません。
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質問>
JMS(摂理)は旧約と新約ではなく、成約の時代だと言っているのを聞きました。それはいったい何でしょうか。
回答>
新約聖書のヨハネの黙示録20:6の本文を見ると、新約時代が終わって終末にイエス様が降臨なさり、世の中を裁かれた後、新しい天と新しい地をつくって千年間イエス様と王として生きるという御言葉があります。この時代を成約の時代と言うのです。
成約は、これから完全に成される約束という意味です。
イエス様の降臨を完全な聖書の預言の完成と見るものです。
30個論はペテロの第二の手紙3:8の、この一事を忘れてはならない。主にあっては、一日は千年のようであり、千年は一日のようである、の御言葉により、一日を千年のようにご覧になる神様が7日間で世の中を創造なさったから、救いの摂理の歴史を全部で7千年と見ます。旧約歴史の4千年が終わってイエス様が来られ、新約歴史は2千年に再臨主が来られて成約(新しい天と新しい地)の千年歴史を始められるようになります。したがって現在を成約の歴史と見るのです。
元記事はこちらです
http://cgm.or.kr/
JMS(摂理)は旧約と新約ではなく、成約の時代だと言っているのを聞きました。それはいったい何でしょうか。
回答>
新約聖書のヨハネの黙示録20:6の本文を見ると、新約時代が終わって終末にイエス様が降臨なさり、世の中を裁かれた後、新しい天と新しい地をつくって千年間イエス様と王として生きるという御言葉があります。この時代を成約の時代と言うのです。
成約は、これから完全に成される約束という意味です。
イエス様の降臨を完全な聖書の預言の完成と見るものです。
30個論はペテロの第二の手紙3:8の、この一事を忘れてはならない。主にあっては、一日は千年のようであり、千年は一日のようである、の御言葉により、一日を千年のようにご覧になる神様が7日間で世の中を創造なさったから、救いの摂理の歴史を全部で7千年と見ます。旧約歴史の4千年が終わってイエス様が来られ、新約歴史は2千年に再臨主が来られて成約(新しい天と新しい地)の千年歴史を始められるようになります。したがって現在を成約の歴史と見るのです。
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質問>
放送で、鄭明析(チョン・ミョンソク)氏が出てくるものを見ました。いったい鄭明析(チョン・ミョンソク)氏という人は誰ですか。
回答>
キリスト教福音宣教会(摂理)の設立者、鄭明析(チョン・ミョンソク)牧師は、ひたすら神様への愛と命への愛、という純粋な信仰を志し、活動してこられた方です。
幼年時代からキリスト教に入門し、20年余りの修道生活を通して、鄭明析(チョン・ミョンソク)牧師は膨大な聖書の中の真理の御言葉を通して、全ての宗教と思想を一つに貫く神様の真理を悟るようになりました。
鄭明析(チョン・ミョンソク)牧師の宣教は、単純な宗教的な布教活動ではありません。聖書に記録されているとおりにこの地上に実現しようとする、神様の愛と教えを通しての理想世界の実現を目標としています。その実現のためにまず模範をお見せになってイエス・キリストの愛を見習って、牧師自らが隣人と民族、世界のために、心と思いを尽くして祈り、伝道するという手本を見せ、貧しく苦労している隣人たちと生活を共になさいました。
牧師は、青年時代、軍隊に入隊し、ベトナム戦争に2回参戦し、命の貴い価値について痛感し、神様と人間に対する愛の本質を悟りました。このとき鄭明析(チョン・ミョンソク)牧師は、一生神様を愛し、命を愛して生きようと、人生を神様に捧げることを更に決断するようになりました。
ソウルへ1978年に上京後、文字どおり主義の固定観念から来る神秘主義の信仰観の弊害を果敢に排除し、実際の生活の中に適用できる神様の生きたメッセージを伝え始めました。これによって、価値観の喪失によってさまよっていた青年たちに、神様の根本の御心を伝えることで、人生に真の希望を入れてくれた牧師の宣教活動は、80年代、韓国のキリスト教の歴史に新たな転機をもたらすようになったのです。
鄭明析(チョン・ミョンソク)牧師は、自ら全国と世界を巡回しながら神様が教えて下さった聖書の真理を伝えるだけでなく、神様の教えによる優れた芸術と優れた文化を創造して伝えられました。
そして、神様の国の建設は実践的な信仰によってなされる、という信仰で、いつも自らその教えに先立って手本を見せる生き方をしてきました。
その信仰理念が世界化されていくにしたがって、より包括的で多彩な活動が時代の要請に近づくようになりました。そこで牧師は世界の人が一つとなって神様を讃美し、人間愛を分かち合おうという思いで、1994年から文化と芸術を通しての国際文化交流の場を広げ、人種と宗教の壁を壊し、力の論理に麻痺していた真の人間愛の精神を伝え広めています。
この活動を通して特に韓国について知らなかった世界各国に、韓国の文化と伝統について正しい認識を呼び起こす、民間外交官としての役割をひそかに遂行したりもしました。
時代に合う聖書解釈と、純粋な人間愛の実践によって、世界の中に神様を伝え広める牧師の崇高な志は、世界の多くの若者たちや有力者たちの熱い歓迎を受け、日本、台湾に続いてアメリカ地域とヨーロッパ、東南アジアに至るまで伝えられています。
もう少し詳しい内容をお知りになりたければ、本サイトの「鄭明析先生との出会い」をクリックして下さい。
「詳しい内容」を日本語でお読みになりたい方ははこちら http://www.setsuri.com/modules/pico/content0007.html
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放送で、鄭明析(チョン・ミョンソク)氏が出てくるものを見ました。いったい鄭明析(チョン・ミョンソク)氏という人は誰ですか。
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キリスト教福音宣教会(摂理)の設立者、鄭明析(チョン・ミョンソク)牧師は、ひたすら神様への愛と命への愛、という純粋な信仰を志し、活動してこられた方です。
幼年時代からキリスト教に入門し、20年余りの修道生活を通して、鄭明析(チョン・ミョンソク)牧師は膨大な聖書の中の真理の御言葉を通して、全ての宗教と思想を一つに貫く神様の真理を悟るようになりました。
鄭明析(チョン・ミョンソク)牧師の宣教は、単純な宗教的な布教活動ではありません。聖書に記録されているとおりにこの地上に実現しようとする、神様の愛と教えを通しての理想世界の実現を目標としています。その実現のためにまず模範をお見せになってイエス・キリストの愛を見習って、牧師自らが隣人と民族、世界のために、心と思いを尽くして祈り、伝道するという手本を見せ、貧しく苦労している隣人たちと生活を共になさいました。
牧師は、青年時代、軍隊に入隊し、ベトナム戦争に2回参戦し、命の貴い価値について痛感し、神様と人間に対する愛の本質を悟りました。このとき鄭明析(チョン・ミョンソク)牧師は、一生神様を愛し、命を愛して生きようと、人生を神様に捧げることを更に決断するようになりました。
ソウルへ1978年に上京後、文字どおり主義の固定観念から来る神秘主義の信仰観の弊害を果敢に排除し、実際の生活の中に適用できる神様の生きたメッセージを伝え始めました。これによって、価値観の喪失によってさまよっていた青年たちに、神様の根本の御心を伝えることで、人生に真の希望を入れてくれた牧師の宣教活動は、80年代、韓国のキリスト教の歴史に新たな転機をもたらすようになったのです。
鄭明析(チョン・ミョンソク)牧師は、自ら全国と世界を巡回しながら神様が教えて下さった聖書の真理を伝えるだけでなく、神様の教えによる優れた芸術と優れた文化を創造して伝えられました。
そして、神様の国の建設は実践的な信仰によってなされる、という信仰で、いつも自らその教えに先立って手本を見せる生き方をしてきました。
その信仰理念が世界化されていくにしたがって、より包括的で多彩な活動が時代の要請に近づくようになりました。そこで牧師は世界の人が一つとなって神様を讃美し、人間愛を分かち合おうという思いで、1994年から文化と芸術を通しての国際文化交流の場を広げ、人種と宗教の壁を壊し、力の論理に麻痺していた真の人間愛の精神を伝え広めています。
この活動を通して特に韓国について知らなかった世界各国に、韓国の文化と伝統について正しい認識を呼び起こす、民間外交官としての役割をひそかに遂行したりもしました。
時代に合う聖書解釈と、純粋な人間愛の実践によって、世界の中に神様を伝え広める牧師の崇高な志は、世界の多くの若者たちや有力者たちの熱い歓迎を受け、日本、台湾に続いてアメリカ地域とヨーロッパ、東南アジアに至るまで伝えられています。
もう少し詳しい内容をお知りになりたければ、本サイトの「鄭明析先生との出会い」をクリックして下さい。
「詳しい内容」を日本語でお読みになりたい方ははこちら http://www.setsuri.com/modules/pico/content0007.html元記事はこちらです
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牧師という肩書きが説明してくれるように、主日、水曜、明け方の礼拝の説教を受け持って御言葉を伝えて下さり、CGM(摂理)の様々な文化・芸術活動、及び奉仕活動の参与と、活発な支援活動を主導なさいました。
最近も、特に海外宣教と執筆活動をしながら、団体のかしらであり、設立者として残すべき神様の働きを遂行しています。
元記事はこちらです
http://cgm.or.kr/
最近も、特に海外宣教と執筆活動をしながら、団体のかしらであり、設立者として残すべき神様の働きを遂行しています。
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主題;信じて祈る者にはどんなことでもできる。
本文;マルコによる福音書9:23、ヘブル人への手紙11:6
イエス様は、信ずる者には、どんな事でもできる、と仰いました。絶対信仰の祈りは、できないことがありません。私たちが信じてこそ実践するようになり、実践してこそ成されるものです。信じて祈ったことは、神様がふさわしければ必ず神様の時に成して下さいます。
「あなたがたが信じて祈ったものはみな与えられるであろう。」と仰いました。信じるということは、神様を信頼して任せるということであり、頼るという意味であり、認めるということです。全知全能の神様を信じる人たちは絶対的な信仰を持って生きていかなくてはいけません。
神様を信じていても揺れたり、信仰が破船するのは、自分の願うとおりにしてくれないからです。それが間違ったことでなければ、信じて祈ったものはその愛する人に、時になれば絶対的に、祈り通りに、信仰通りに成して下さいます。
人々は、祈って信じてもがくことは熱心にやります。しかし信じて祈ったことが成されてもよく分からず、実感できず、感謝感激して神様に栄光を帰すことには弱いです。希望を持つときの喜びが希望が成された喜びより大きいのは矛盾です。
その中の一つを考えてみましょう。伝道する時は、その希望と喜びが非常に大きいです。そして望んでいたとおりに伝道された時、嬉しいです。そうしてその喜びがすぐに終わります。伝道する時はやきもきする心も希望も喜びも数ヶ月続きます。あるいは6ヶ月から1年その希望と喜びが消えません。
しかしそんなに願っていた命が伝道されてからは、そのことによる喜びは暫しの間です。けれどその希望と喜びが一生続くべきではないでしょうか。神様に感謝し、喜び、希望を成したから、ずっとその人と共に喜ぶべきです。いつも管理し、その人を通して連続的に神様の願われる御心を広げていくべきです。祈って成されたら何でもその最初の喜びが冷めてはいけません。だから過去を忘れるなと言ったのです。してくれたことだけ忘れるなということではありません。
神様を頼り、絶対的に信じてこそ、願っていることが成され、絶対的に信じる人は、信じて祈ったことが実際に成されます。信仰によって先に分かって喜び、感謝して生きていくべきだということです。
信仰も徹底的に、お祈りも徹底的にしなくてはいけません。成した後に感謝と喜びもしてこそ甲斐があります。聖書の中で、信じて祈った人たちが成したことを探し出して読んでみて下さい。信仰を受け、お祈りもするようになるでしょう。
いつも手厚く下さる神様です。過去にして下さったように、またして下さいます。だから自分もそのようにしっかりとやるのです。
人間の言葉を信じなくても自尊心が傷つくのに、全知全能の神様の御言葉を信じなければ、神様がどう思われるでしょうか。だから絶対的に信じて祈って下さい。
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本文;マルコによる福音書9:23、ヘブル人への手紙11:6
イエス様は、信ずる者には、どんな事でもできる、と仰いました。絶対信仰の祈りは、できないことがありません。私たちが信じてこそ実践するようになり、実践してこそ成されるものです。信じて祈ったことは、神様がふさわしければ必ず神様の時に成して下さいます。
「あなたがたが信じて祈ったものはみな与えられるであろう。」と仰いました。信じるということは、神様を信頼して任せるということであり、頼るという意味であり、認めるということです。全知全能の神様を信じる人たちは絶対的な信仰を持って生きていかなくてはいけません。
神様を信じていても揺れたり、信仰が破船するのは、自分の願うとおりにしてくれないからです。それが間違ったことでなければ、信じて祈ったものはその愛する人に、時になれば絶対的に、祈り通りに、信仰通りに成して下さいます。
人々は、祈って信じてもがくことは熱心にやります。しかし信じて祈ったことが成されてもよく分からず、実感できず、感謝感激して神様に栄光を帰すことには弱いです。希望を持つときの喜びが希望が成された喜びより大きいのは矛盾です。
その中の一つを考えてみましょう。伝道する時は、その希望と喜びが非常に大きいです。そして望んでいたとおりに伝道された時、嬉しいです。そうしてその喜びがすぐに終わります。伝道する時はやきもきする心も希望も喜びも数ヶ月続きます。あるいは6ヶ月から1年その希望と喜びが消えません。
しかしそんなに願っていた命が伝道されてからは、そのことによる喜びは暫しの間です。けれどその希望と喜びが一生続くべきではないでしょうか。神様に感謝し、喜び、希望を成したから、ずっとその人と共に喜ぶべきです。いつも管理し、その人を通して連続的に神様の願われる御心を広げていくべきです。祈って成されたら何でもその最初の喜びが冷めてはいけません。だから過去を忘れるなと言ったのです。してくれたことだけ忘れるなということではありません。
神様を頼り、絶対的に信じてこそ、願っていることが成され、絶対的に信じる人は、信じて祈ったことが実際に成されます。信仰によって先に分かって喜び、感謝して生きていくべきだということです。
信仰も徹底的に、お祈りも徹底的にしなくてはいけません。成した後に感謝と喜びもしてこそ甲斐があります。聖書の中で、信じて祈った人たちが成したことを探し出して読んでみて下さい。信仰を受け、お祈りもするようになるでしょう。
いつも手厚く下さる神様です。過去にして下さったように、またして下さいます。だから自分もそのようにしっかりとやるのです。
人間の言葉を信じなくても自尊心が傷つくのに、全知全能の神様の御言葉を信じなければ、神様がどう思われるでしょうか。だから絶対的に信じて祈って下さい。
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宣教会(摂理)は、元来の使命である宣教、教育活動と共に、社会奉仕活動を活発に進行中にあります。最近は、海外支部の活性化と、国内支部の体系化のために、組織整備と支援システム構築に力を注いでおり、宣教会(摂理)と鄭明析(チョン・ミョンソク)牧師に対する間違った認識を変えるための広報活動をしています。
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任せていきます
文:ポンソク牧師
ウォルミョンドン開発草創期の頃の話だ。
当時の環境は大変劣悪なものだった。当然車で入ってくることはできず、チンサンに止めて歩いて来なくてはならなかったし、耕運機をかりて市場で買い物をして積んで来たら、卵は半分が割れて卵粥になったり、相当気をつけなくてはならなかった。
コンテナとハウスを改造した宿所で寝泊りしていた人は、それでもさいわいだった。何日か働きに来た人達は、テントで寝泊りするしかなかった。食堂もちゃんとできていなくて、人がたくさん来ると外で釜をかまどにかけてご飯と汁をつくらなくてはならなかったし、雨が降れば雨宿りする所がなく、そのまま雨にうたれて働くしかなかった。人力と装備等、すべてが足りなかったし、電気も不足して常に不便だった。
機械も使わず延々とシャベルと鍬で進められたウォルミョンドン開発が、機械が入ってからは活気を帯びるようになり、ついに岩の造形の大長征が始まった。
先生は働かれる時間が一定に定まっていなかった。明け方に起きられて展望台で御言葉を伝えられ、物が見えるくらいの時間になってから働き始め、日が暮れると明かりをつけて昼夜を忘れて開発に熱中された。すべての開発は先生から始まった。
石を選ぶ仕事と、石をどこにどのように、どんな姿で立て横たえるのかということは、すべて先生の役割だった。私達は先生が選ばれた石をワイヤーで縛り、おっしゃった場所に機械で置いた。そしてその後の仕事は私達の役割だった。
先生は運動場に散らばっている石を選ばれて、石を置く場所まで再びいらっしゃり、一緒に石を置いて立てる作業を一日中繰り返された。
石を選びに忙しく動かれながらも、誰かが自分の問題について話すと、いやな顔ひとつせずに笑いながら聞いて下さり、その場所でお祈りまでして下さった。
作業をしに来る人達もいたけれど、先生にいつでも会えるし、自分の話をすることができるので、ウォルミョンドンにたくさんの人達が集まった。
ウォルミョンドンに来た人達は、手があいたら石を選んだりもし、ある人は運動場の石を拾い、雑草を抜いたり、各自ができることをしていた。当時壮年部の方達は、果物と餅を持参し、分けて食べながら働いたりもしていた。
その時期、私は常に敏感になっていた。私達に対してよくない目で見る人達が、変なうわさを広め、記者達が来て面倒なことにすることがあったためだ。それでいつも外部の人達に対して警戒するくせができた。
その日もいつものように、多くの人達が作業をしていて、私はあちこちと慌しく作業場をまわりながらサポートをしていたが、一人の人が私の目に入ってきた。その人は中年の紳士だったが、先生が作業をしている現場を注視していた。私は「あの人は誰だろう。」と気になり、動きまわりながらもその人に目を向けていた。
忙しくしているうちに、ある瞬間からその人のことは忘れて他の仕事に熱中していたが、何気なく目を向けると、その人はその場所に石膏像のように立ったままでいるではないか?
「あの人は一体誰で、先生をあんなに凝視しているのだろうか?一体何時間あのように立ったままでいるのだろう?」と時計を見ると、おおよそ4時間程先生が働いているのを見守っていたのだ。
「何かわけがあるようだ。」と思い、私はそれとなくその人が立っている所に近づいていき、カメラを持っていないかさっと見たが、見えなかった。
「カメラも携えていない人なら記者ではないようだが、学生の親なら既に何か話をしてきていただろう。だとすると何をしている人だろう?」あれこれと考えをめぐらしてみたが、思い当たるものがなかった。
いつのまにかお昼になったので、その紳士に近づいてできる限り礼儀正しく「こんにちは。お目にかかったことがない方ですが、どういったご用件でいらっしゃいましたか?」と尋ねた。
「はい。私の娘のことで来ました。」
私は俄然緊張した。
「娘さんですか?」
「私の娘がこちらの信者になっているとのことで、尋ねて来ました。」
「はい。では娘さんには会われましたか?」
「いいえ。娘が学校に行くのを確認してから、私一人で来ました。ここがどんな場所なのか、先生という方がどういう人なのか、確認しようと思って来ました。」
「そうですか。とりあえず、お昼になりましたので、食事でもなさって下さい。ここにはこの場所以外で食事できる所がないんです。あ、申し訳ございません。私の紹介をしていませんでした。私は先生の弟で、この場所の作業班長です。」
「いえいえ、今ちょうど出ようとしていたところです。」
「そんな、会いもしないで行かれるのですか?先生と今会ってお話されてみるか、それか私に気になることを私にお聞き下されば、私が誠意のかぎりお答えします。」
「いいえ。先生について、充分にわかりました。」
「調べもせず、先生に会いもせずに、充分におわかりになったのですか?」
「正直言いますと、私の娘がここに通っていると聞いた時は、びっくりしました。報道やうわさを耳にしていたからです。子を持つすべての親はそうでしょうが、子供がそんなところに通っていると知って驚かない親がいるでしょうか?子供が信じて通っているのに、無鉄砲に止めることもできないし、やきもきしていたけれど、私が直接先生という方を尋ねて確認してみようと決心して尋ねて来たのです。」
「では、なぜもう帰ろうとされるのですか?先生と挨拶でもされて、話されてみてからお帰りになられてはいかがですか?」
「そうする必要はなくなりました。どの親も同じでしょうが、私の娘は私にとっては友人のようでもあり、特別に私が愛する子でした。そんな子が変な宗教にはまったと聞いた時、私は目の前が真っ暗になりました。すべてのものを失った気分でした。私はかっとなってその日にここに怒鳴り込んで騒ぎを起こそうか等、様々なことを考えました。もう一度考えてみると、そうではなかったのです。私もそれなりに人生を生き、学ぶだけ学び、地域社会である程度地位のある人が、無鉄砲に尋ねて行って狼藉を働いて放言をしてはならないと思いました。それでこのように尋ねて来たのです。」
「それなのになぜ帰ろうとなさるのですか?」
「ここに来て考えが変わりました。私はこんな田舎だとは思わなかったし、このように作業の真っ只中にいるということも知りませんでした。私がここに到着すると、たくさんの人達が忙しそうに働いていました。それである人に聞いてみました。先生がどこにいらっしゃるのかと聞くと、作業服を着て帽子をかぶり、杖をついて上から下まで熱心に石の間を行ったり来たりしている方が先生だと教えてくれました。私はとても驚いて、本当にあの人なのかと聞いたら、そうだと答えました。あいた口がふさがらなくて、言葉を失ってしまいました。私が考えていたのとあまりにも違ったからです。うわさどおりだと、勇壮な建物があって、その中で先生は大きな椅子に権威と威厳たっぷりに座っていたり、あるいは変な服装をして座っている姿を想像して来たのに、体格も小さい方が若い人達の中に入って一生懸命働いている姿が、私にはとても大きなショックでした。私は戦意を喪失して、先生がどのようになさるのか、半日注意して見ていました。その中で私が驚いたのは、お餅と果物を分けて下さり、忙しく歩き回っている間にもみんなの話を聞いて下さっている姿を見て、感じることが多々ありました。食べ物を分けて下さり、話を聞いて下さる先生の姿から、先生は愛を与え、みんなは先生のことを尊敬していることがわかりました。
親が子供を愛するように、みんなを愛しているということを肌で感じました。世の中で愛ほど素晴らしいものはありません。先生は親が与えることができる、それ以上の愛を与えていらっしゃることがわかりました。世の中には数多くの指導者達がいます。先生のように、働きながら、食べながら、苦楽を共にする指導者を見たことがありません。なぜ多くの若者達が先生に従うのか、これでわかりました。本当に美しい姿です。」
「そうおっしゃって下さり感謝します。」
「実際にそうですから。私も短くない人生を生きて来ながら、多くのことを経験し、知り、人を見る目があります。私の目に間違いはありません。私はうれしい気持ちで、これで帰ることにします。」
「そんな、遠い所までいらっしゃったのに、先生に一度も会って行かれませんか?」
「いいえ。会ってみてもみなくても同じです。人はいい人であれ悪い人であれ、いい言葉を使っていくらでも一時的に人をだますことができます。しかし人生はだますことができません。先生の人生は、一時的なごまかしでは見せることのできない、真実な人生です。私は先生の人生を見たのだから、もう聞くことがありません。世の中にはうわさとは異なることがたくさんあるということを悟りました。先生に対して少しでも不遜な考えを持ったことが、非常に恐縮です。」
「いいえ、このまま帰られてはなりません。私の兄は、誰でも来たら、水一杯でも必ずもてなしてあげなさいとおっしゃったし、与える者がもらう者より、もっとさいわいだと教えられました。」
「本当に素晴らしい御言葉です。私の娘がどんな祝福をもって生まれたのか、立派な師匠に出会えました。だからもう安心して私の娘を任せて行きます。お元気で。」
「では、娘さんのお名前か、社長の名刺でも下されば、先生にお伝えしておきます。」
「私の娘を先生にお任せして行くので、うまく育てて下さるだろうと信じて、ゆだねて行きます。」
それ以上言葉をかける隙もないまま、その紳士はウォルミョンドンから遠ざかって行った。
今回の記事は、摂理の月刊誌「チョウンソリ」2008年6月号 P18-19より、他のメンバーが訳したものを、本人の許可を得て掲載させて頂きました。
文:ポンソク牧師
ウォルミョンドン開発草創期の頃の話だ。
当時の環境は大変劣悪なものだった。当然車で入ってくることはできず、チンサンに止めて歩いて来なくてはならなかったし、耕運機をかりて市場で買い物をして積んで来たら、卵は半分が割れて卵粥になったり、相当気をつけなくてはならなかった。
コンテナとハウスを改造した宿所で寝泊りしていた人は、それでもさいわいだった。何日か働きに来た人達は、テントで寝泊りするしかなかった。食堂もちゃんとできていなくて、人がたくさん来ると外で釜をかまどにかけてご飯と汁をつくらなくてはならなかったし、雨が降れば雨宿りする所がなく、そのまま雨にうたれて働くしかなかった。人力と装備等、すべてが足りなかったし、電気も不足して常に不便だった。
機械も使わず延々とシャベルと鍬で進められたウォルミョンドン開発が、機械が入ってからは活気を帯びるようになり、ついに岩の造形の大長征が始まった。
先生は働かれる時間が一定に定まっていなかった。明け方に起きられて展望台で御言葉を伝えられ、物が見えるくらいの時間になってから働き始め、日が暮れると明かりをつけて昼夜を忘れて開発に熱中された。すべての開発は先生から始まった。
石を選ぶ仕事と、石をどこにどのように、どんな姿で立て横たえるのかということは、すべて先生の役割だった。私達は先生が選ばれた石をワイヤーで縛り、おっしゃった場所に機械で置いた。そしてその後の仕事は私達の役割だった。
先生は運動場に散らばっている石を選ばれて、石を置く場所まで再びいらっしゃり、一緒に石を置いて立てる作業を一日中繰り返された。
石を選びに忙しく動かれながらも、誰かが自分の問題について話すと、いやな顔ひとつせずに笑いながら聞いて下さり、その場所でお祈りまでして下さった。
作業をしに来る人達もいたけれど、先生にいつでも会えるし、自分の話をすることができるので、ウォルミョンドンにたくさんの人達が集まった。
ウォルミョンドンに来た人達は、手があいたら石を選んだりもし、ある人は運動場の石を拾い、雑草を抜いたり、各自ができることをしていた。当時壮年部の方達は、果物と餅を持参し、分けて食べながら働いたりもしていた。
その時期、私は常に敏感になっていた。私達に対してよくない目で見る人達が、変なうわさを広め、記者達が来て面倒なことにすることがあったためだ。それでいつも外部の人達に対して警戒するくせができた。
その日もいつものように、多くの人達が作業をしていて、私はあちこちと慌しく作業場をまわりながらサポートをしていたが、一人の人が私の目に入ってきた。その人は中年の紳士だったが、先生が作業をしている現場を注視していた。私は「あの人は誰だろう。」と気になり、動きまわりながらもその人に目を向けていた。
忙しくしているうちに、ある瞬間からその人のことは忘れて他の仕事に熱中していたが、何気なく目を向けると、その人はその場所に石膏像のように立ったままでいるではないか?
「あの人は一体誰で、先生をあんなに凝視しているのだろうか?一体何時間あのように立ったままでいるのだろう?」と時計を見ると、おおよそ4時間程先生が働いているのを見守っていたのだ。
「何かわけがあるようだ。」と思い、私はそれとなくその人が立っている所に近づいていき、カメラを持っていないかさっと見たが、見えなかった。
「カメラも携えていない人なら記者ではないようだが、学生の親なら既に何か話をしてきていただろう。だとすると何をしている人だろう?」あれこれと考えをめぐらしてみたが、思い当たるものがなかった。
いつのまにかお昼になったので、その紳士に近づいてできる限り礼儀正しく「こんにちは。お目にかかったことがない方ですが、どういったご用件でいらっしゃいましたか?」と尋ねた。
「はい。私の娘のことで来ました。」
私は俄然緊張した。
「娘さんですか?」
「私の娘がこちらの信者になっているとのことで、尋ねて来ました。」
「はい。では娘さんには会われましたか?」
「いいえ。娘が学校に行くのを確認してから、私一人で来ました。ここがどんな場所なのか、先生という方がどういう人なのか、確認しようと思って来ました。」
「そうですか。とりあえず、お昼になりましたので、食事でもなさって下さい。ここにはこの場所以外で食事できる所がないんです。あ、申し訳ございません。私の紹介をしていませんでした。私は先生の弟で、この場所の作業班長です。」
「いえいえ、今ちょうど出ようとしていたところです。」
「そんな、会いもしないで行かれるのですか?先生と今会ってお話されてみるか、それか私に気になることを私にお聞き下されば、私が誠意のかぎりお答えします。」
「いいえ。先生について、充分にわかりました。」
「調べもせず、先生に会いもせずに、充分におわかりになったのですか?」
「正直言いますと、私の娘がここに通っていると聞いた時は、びっくりしました。報道やうわさを耳にしていたからです。子を持つすべての親はそうでしょうが、子供がそんなところに通っていると知って驚かない親がいるでしょうか?子供が信じて通っているのに、無鉄砲に止めることもできないし、やきもきしていたけれど、私が直接先生という方を尋ねて確認してみようと決心して尋ねて来たのです。」
「では、なぜもう帰ろうとされるのですか?先生と挨拶でもされて、話されてみてからお帰りになられてはいかがですか?」
「そうする必要はなくなりました。どの親も同じでしょうが、私の娘は私にとっては友人のようでもあり、特別に私が愛する子でした。そんな子が変な宗教にはまったと聞いた時、私は目の前が真っ暗になりました。すべてのものを失った気分でした。私はかっとなってその日にここに怒鳴り込んで騒ぎを起こそうか等、様々なことを考えました。もう一度考えてみると、そうではなかったのです。私もそれなりに人生を生き、学ぶだけ学び、地域社会である程度地位のある人が、無鉄砲に尋ねて行って狼藉を働いて放言をしてはならないと思いました。それでこのように尋ねて来たのです。」
「それなのになぜ帰ろうとなさるのですか?」
「ここに来て考えが変わりました。私はこんな田舎だとは思わなかったし、このように作業の真っ只中にいるということも知りませんでした。私がここに到着すると、たくさんの人達が忙しそうに働いていました。それである人に聞いてみました。先生がどこにいらっしゃるのかと聞くと、作業服を着て帽子をかぶり、杖をついて上から下まで熱心に石の間を行ったり来たりしている方が先生だと教えてくれました。私はとても驚いて、本当にあの人なのかと聞いたら、そうだと答えました。あいた口がふさがらなくて、言葉を失ってしまいました。私が考えていたのとあまりにも違ったからです。うわさどおりだと、勇壮な建物があって、その中で先生は大きな椅子に権威と威厳たっぷりに座っていたり、あるいは変な服装をして座っている姿を想像して来たのに、体格も小さい方が若い人達の中に入って一生懸命働いている姿が、私にはとても大きなショックでした。私は戦意を喪失して、先生がどのようになさるのか、半日注意して見ていました。その中で私が驚いたのは、お餅と果物を分けて下さり、忙しく歩き回っている間にもみんなの話を聞いて下さっている姿を見て、感じることが多々ありました。食べ物を分けて下さり、話を聞いて下さる先生の姿から、先生は愛を与え、みんなは先生のことを尊敬していることがわかりました。
親が子供を愛するように、みんなを愛しているということを肌で感じました。世の中で愛ほど素晴らしいものはありません。先生は親が与えることができる、それ以上の愛を与えていらっしゃることがわかりました。世の中には数多くの指導者達がいます。先生のように、働きながら、食べながら、苦楽を共にする指導者を見たことがありません。なぜ多くの若者達が先生に従うのか、これでわかりました。本当に美しい姿です。」
「そうおっしゃって下さり感謝します。」
「実際にそうですから。私も短くない人生を生きて来ながら、多くのことを経験し、知り、人を見る目があります。私の目に間違いはありません。私はうれしい気持ちで、これで帰ることにします。」
「そんな、遠い所までいらっしゃったのに、先生に一度も会って行かれませんか?」
「いいえ。会ってみてもみなくても同じです。人はいい人であれ悪い人であれ、いい言葉を使っていくらでも一時的に人をだますことができます。しかし人生はだますことができません。先生の人生は、一時的なごまかしでは見せることのできない、真実な人生です。私は先生の人生を見たのだから、もう聞くことがありません。世の中にはうわさとは異なることがたくさんあるということを悟りました。先生に対して少しでも不遜な考えを持ったことが、非常に恐縮です。」
「いいえ、このまま帰られてはなりません。私の兄は、誰でも来たら、水一杯でも必ずもてなしてあげなさいとおっしゃったし、与える者がもらう者より、もっとさいわいだと教えられました。」
「本当に素晴らしい御言葉です。私の娘がどんな祝福をもって生まれたのか、立派な師匠に出会えました。だからもう安心して私の娘を任せて行きます。お元気で。」
「では、娘さんのお名前か、社長の名刺でも下されば、先生にお伝えしておきます。」
「私の娘を先生にお任せして行くので、うまく育てて下さるだろうと信じて、ゆだねて行きます。」
それ以上言葉をかける隙もないまま、その紳士はウォルミョンドンから遠ざかって行った。
今回の記事は、摂理の月刊誌「チョウンソリ」2008年6月号 P18-19より、他のメンバーが訳したものを、本人の許可を得て掲載させて頂きました。ある団体を脱退するおもな理由は似ていると思います。
一番目は、教えている教理に対しての信仰が生じなかったり、二番目は、メンバー間、あるいは指導者との摩擦です。お互いに重んじ、愛し、許し、理解して生きていくべきですが、できていないお互いの人格によって争いが生じたりもします。また、信仰的に成熟していない状態で信仰の先輩(指導者)と衝突が生じるためです。その他の困難もあり得るでしょう。団体の教理的、制度的な矛盾かどうかをお尋ねになるのであれば、聖書的な教理を中心として、現代的な秩序を維持しており、また脱退メンバーの矛盾をお尋ねになるのであれば、上記の二種類の原因のほかには個人差があると思われ、理由は様々です。CGM(摂理)は、加入と脱退が個人の自由意志を尊重して自由に行なわれています。脱退するからといって強圧的な制度があったり、不利益を与える行為は一切ありません。
元記事はこちらです
http://cgm.or.kr/
一番目は、教えている教理に対しての信仰が生じなかったり、二番目は、メンバー間、あるいは指導者との摩擦です。お互いに重んじ、愛し、許し、理解して生きていくべきですが、できていないお互いの人格によって争いが生じたりもします。また、信仰的に成熟していない状態で信仰の先輩(指導者)と衝突が生じるためです。その他の困難もあり得るでしょう。団体の教理的、制度的な矛盾かどうかをお尋ねになるのであれば、聖書的な教理を中心として、現代的な秩序を維持しており、また脱退メンバーの矛盾をお尋ねになるのであれば、上記の二種類の原因のほかには個人差があると思われ、理由は様々です。CGM(摂理)は、加入と脱退が個人の自由意志を尊重して自由に行なわれています。脱退するからといって強圧的な制度があったり、不利益を与える行為は一切ありません。
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1980年12月、愛天宣教会という名前で宣教活動を始め、全国的に活発な宣教活動をしてきながら、既に80年代中盤、アメリカと日本の主要な都市に宣教師を派遣、海外宣教の基盤を備えるようになり、それ以降、台湾、香港、マレーシア等を中心とした東南アジア、及びイギリス、フランス、ドイツを中心としたヨーロッパの国々、ロシア、オーストラリア、ニュージーランド、その他アメリカ、ハワイ、ブラジル等、アメリカ大陸にまで、大規模な海外宣教の場を開いています。
現在は、約50カ国に宣教師が派遣されており、世界福音化のために宣教師の育成を目的として教育課程を運営中にあります。
元記事はこちらです
http://cgm.or.kr/
現在は、約50カ国に宣教師が派遣されており、世界福音化のために宣教師の育成を目的として教育課程を運営中にあります。
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録音記録が捏造かどうかは、関係者たちと確認作業を通して真実を見分けなければなりませんが、これまでアンチの集まりを主導していた人たちが見せていた悪意ある活動の前例から判断するに、アンチサイトにアップされている資料は信頼性が低いです。
録音された資料が法廷で証拠として採択される場合が少ない理由が何であるかを考えてご覧になれば、ある程度見当がつくかと思います。
たとえば、
「私はお前を死ぬほど愛している、お前に会ったこと、私の人生の最高の幸運だ」
から
「私はお前を殺す」
をつくることができるでしょうか。できないでしょうか。(訳注:日本語だとよく分かりませんが、韓国語だとできてしまいそうです。)
捏造でないと言っても捏造だと言っても、結局信じたい人の心次第ではないでしょうか。
参考に、現在アンチjms(摂理)サイトは不完全な情報と名誉毀損等の理由で閉鎖措置までとられたという経歴があります。
元記事はこちらです
http://cgm.or.kr/
録音された資料が法廷で証拠として採択される場合が少ない理由が何であるかを考えてご覧になれば、ある程度見当がつくかと思います。
たとえば、
「私はお前を死ぬほど愛している、お前に会ったこと、私の人生の最高の幸運だ」
から
「私はお前を殺す」
をつくることができるでしょうか。できないでしょうか。(訳注:日本語だとよく分かりませんが、韓国語だとできてしまいそうです。)
捏造でないと言っても捏造だと言っても、結局信じたい人の心次第ではないでしょうか。
参考に、現在アンチjms(摂理)サイトは不完全な情報と名誉毀損等の理由で閉鎖措置までとられたという経歴があります。
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反論活動は継続的にしています。
ただ、アンチjms(摂理)のような方法で対応しないだけです。
これは、鄭明析(チョン・ミョンソク)牧師が、敵までも愛しなさいというイエス様の御言葉を実践しようと、「いくら悪人だといっても最後まで許してあげ、過ちを見逃してあげるべきだ」と教えられたためです。
よって、宣教会はアンチ団体のように悪意をもって、感情的に対応するより、正しい私たちの姿を知らせるところに目標を置いて活動しています。また、名誉毀損等、深刻に団体に害を及ぼす状況に関しては、正当な手順を踏んで捜査機関や管理監督者に事実を知らせています。
マスコミに情報提供して放送された部分についても、強力に対応し、これ以上不公平で偽りの情報が公開されないようにし、2001年には某放送局を相手に異例の反論映像を見せる法的勝利も果たしました。
この他にも、必要に応じて法的な対応及び広報活動を活発に進行しています。
元記事はこちらです
http://cgm.or.kr/
ただ、アンチjms(摂理)のような方法で対応しないだけです。
これは、鄭明析(チョン・ミョンソク)牧師が、敵までも愛しなさいというイエス様の御言葉を実践しようと、「いくら悪人だといっても最後まで許してあげ、過ちを見逃してあげるべきだ」と教えられたためです。
よって、宣教会はアンチ団体のように悪意をもって、感情的に対応するより、正しい私たちの姿を知らせるところに目標を置いて活動しています。また、名誉毀損等、深刻に団体に害を及ぼす状況に関しては、正当な手順を踏んで捜査機関や管理監督者に事実を知らせています。
マスコミに情報提供して放送された部分についても、強力に対応し、これ以上不公平で偽りの情報が公開されないようにし、2001年には某放送局を相手に異例の反論映像を見せる法的勝利も果たしました。
この他にも、必要に応じて法的な対応及び広報活動を活発に進行しています。
元記事はこちらですhttp://cgm.or.kr/
主題;神様の御心通りに
本文;マタイによる福音書6:9−10、26:38−39
人々は、おのおの自分の思いがあります。思いとは、自分が考えることです。もう少し具体的に言うと、自分が目的とすることだとも言うことができます。このように、人々も思いがあるように、人間を創造なさった神様にも御心があります。神様ご自身のための御心があり、人間のための御心があります。
旧約聖書の創世記1章から新約聖書のヨハネの黙示録22章まで読んでみると、御心についての聖句がたくさん出てきます。その代表的な聖句は、マタイによる福音書6:10「みこころが天に行われるとおり、地にも行われますように。」です。弟子たちにもこのように祈りなさいと言いました。
神様はその祈りをお聞きになって、この地に神様の御心が成されるようにし、神様とイエス様を中心として各教派がその個性どおりに神様の御心を広げてきて、神様の国をこの地に成されるように働いてこられました。
御心についての聖句をもう一つ見ましょう。マタイによる福音書26:39にある御言葉でイエス様は、死を前にして、この死を免れさせて下さいと祈りました。しかし神様の御心をお悟りになって、神様の御心通りにして下さいと祈りました。イエス様が万民の罪を代わりに負って彼らの罪を悔い改め、万民が許されて、イエス様を信じることによって救いの道が開かれるということをお分かりになって、「みこころのままになさって下さい。」と言って切に求められたのです。
神様の御心を知らなければ、自分が願うとおりに祈ることになります。しかし神様が願うことがあるので、神様が願う通りになるようにして下さいと祈らなくてはいけません。
私たちが祈って願っていたことが、神様が願う御心であれば、時になれば成して下さり、御心でなければ成して下さらないのです。しかし神様の御心でないということを知らないで、自分が願って祈ったことでも、神様の御心によってして下さる、愛の神様です。
だから全てのことをこのようにして下さるということを分かって、毎日神様を愛し、喜んで、感謝することで、希望を持って生きていくべきです。
もう一つの御言葉は、神様と主を愛する人たちは、ある苦痛を受けるとこから自分だけを抜き出して下さり、苦痛を受けないようにして下さるのが、神様がして下さり、よくして下さることだと考えます。しかし、この話は、神様についてよく知らない人が話すことです。
イエス様はメシアであるにも関わらず、病にかかった人たちの中に入って行って、彼らを直接見て、感じて、心が痛いからもっと切実にお祈りをしてあげ、もっとたくさん癒して下さいました。神様が愛するからと言って、使命者だからと言って、苦痛の中から抜き出したりなさいませんでした。
使徒パウロも、イエス様を信じる人々を厳しく迫害していた人でした。その後、イエス様をメシアと分かってその福音を伝える時、彼も迫害を受け、監獄にまで行きました。監獄で罪についてより分かって、義について知るようになりました。パウロ先生が書いた聖書を見ると、死亡と罪と拘束と自由について、霊と肉の苦痛について、深く書いてあります。これは、監獄で直接苦痛を受けてその実体を知ったので、信仰人の立場と罪について、拘束について、詳しく深い真理を明らかにしてくれたのです。
先生が軍隊に行ってベトナム戦争の戦地へと選び出されて訓練を受けたとき、「私だけは除いてくれるべきではないですか」と祈りました。イエス様をよく信じ、伝道もたくさんするから除いて下さいと言いました。「これから軍隊除隊したら、もっとたくさん伝道し、神様の仕事を続けなくてはいけないのに、戦地に行って死んでいいでしょうか」と祈りました。戦地に行って死ななくても死の苦痛を味わいながら地獄の苦痛を受けるから、除いて下さいと言いました。
神様は「あなたが私を愛して信仰生活をよくしているから、他の人は行けなくてもあなたは行かなくてはいけない。あなたが行って人々がどのように戦争をしているのか、彼らと一緒に体験し、祈って私に切に求めないといけないのではないか。」と仰いました。
ベトナムの戦地で先生が作戦に入るたびにしるしが起こり、人命被害もほとんどありませんでした。その熾烈な戦闘中にも1年に2万人が戦死したのに、人命被害がほとんどなかったのです。これは神様が私と共にして、全てよく見て下さったからです。作戦の戦闘はどの中隊よりたくさんしましたが、人命被害はありませんでした。神様が共にすることで戦闘の運命が左右されるということがあまりにもたくさん起こりました。ベトナム戦争中に、「神様が本当に私と共にして命を覚えて下さり、守って下さるんだ。」と悟りました。
私は神様を信じ、兄弟を愛しなさいと、イエス様から学んだので、愛の戦争をしたのです。
元記事はこちらです
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本文;マタイによる福音書6:9−10、26:38−39
人々は、おのおの自分の思いがあります。思いとは、自分が考えることです。もう少し具体的に言うと、自分が目的とすることだとも言うことができます。このように、人々も思いがあるように、人間を創造なさった神様にも御心があります。神様ご自身のための御心があり、人間のための御心があります。
旧約聖書の創世記1章から新約聖書のヨハネの黙示録22章まで読んでみると、御心についての聖句がたくさん出てきます。その代表的な聖句は、マタイによる福音書6:10「みこころが天に行われるとおり、地にも行われますように。」です。弟子たちにもこのように祈りなさいと言いました。
神様はその祈りをお聞きになって、この地に神様の御心が成されるようにし、神様とイエス様を中心として各教派がその個性どおりに神様の御心を広げてきて、神様の国をこの地に成されるように働いてこられました。
御心についての聖句をもう一つ見ましょう。マタイによる福音書26:39にある御言葉でイエス様は、死を前にして、この死を免れさせて下さいと祈りました。しかし神様の御心をお悟りになって、神様の御心通りにして下さいと祈りました。イエス様が万民の罪を代わりに負って彼らの罪を悔い改め、万民が許されて、イエス様を信じることによって救いの道が開かれるということをお分かりになって、「みこころのままになさって下さい。」と言って切に求められたのです。
神様の御心を知らなければ、自分が願うとおりに祈ることになります。しかし神様が願うことがあるので、神様が願う通りになるようにして下さいと祈らなくてはいけません。
私たちが祈って願っていたことが、神様が願う御心であれば、時になれば成して下さり、御心でなければ成して下さらないのです。しかし神様の御心でないということを知らないで、自分が願って祈ったことでも、神様の御心によってして下さる、愛の神様です。
だから全てのことをこのようにして下さるということを分かって、毎日神様を愛し、喜んで、感謝することで、希望を持って生きていくべきです。
もう一つの御言葉は、神様と主を愛する人たちは、ある苦痛を受けるとこから自分だけを抜き出して下さり、苦痛を受けないようにして下さるのが、神様がして下さり、よくして下さることだと考えます。しかし、この話は、神様についてよく知らない人が話すことです。
イエス様はメシアであるにも関わらず、病にかかった人たちの中に入って行って、彼らを直接見て、感じて、心が痛いからもっと切実にお祈りをしてあげ、もっとたくさん癒して下さいました。神様が愛するからと言って、使命者だからと言って、苦痛の中から抜き出したりなさいませんでした。
使徒パウロも、イエス様を信じる人々を厳しく迫害していた人でした。その後、イエス様をメシアと分かってその福音を伝える時、彼も迫害を受け、監獄にまで行きました。監獄で罪についてより分かって、義について知るようになりました。パウロ先生が書いた聖書を見ると、死亡と罪と拘束と自由について、霊と肉の苦痛について、深く書いてあります。これは、監獄で直接苦痛を受けてその実体を知ったので、信仰人の立場と罪について、拘束について、詳しく深い真理を明らかにしてくれたのです。
先生が軍隊に行ってベトナム戦争の戦地へと選び出されて訓練を受けたとき、「私だけは除いてくれるべきではないですか」と祈りました。イエス様をよく信じ、伝道もたくさんするから除いて下さいと言いました。「これから軍隊除隊したら、もっとたくさん伝道し、神様の仕事を続けなくてはいけないのに、戦地に行って死んでいいでしょうか」と祈りました。戦地に行って死ななくても死の苦痛を味わいながら地獄の苦痛を受けるから、除いて下さいと言いました。
神様は「あなたが私を愛して信仰生活をよくしているから、他の人は行けなくてもあなたは行かなくてはいけない。あなたが行って人々がどのように戦争をしているのか、彼らと一緒に体験し、祈って私に切に求めないといけないのではないか。」と仰いました。
ベトナムの戦地で先生が作戦に入るたびにしるしが起こり、人命被害もほとんどありませんでした。その熾烈な戦闘中にも1年に2万人が戦死したのに、人命被害がほとんどなかったのです。これは神様が私と共にして、全てよく見て下さったからです。作戦の戦闘はどの中隊よりたくさんしましたが、人命被害はありませんでした。神様が共にすることで戦闘の運命が左右されるということがあまりにもたくさん起こりました。ベトナム戦争中に、「神様が本当に私と共にして命を覚えて下さり、守って下さるんだ。」と悟りました。
私は神様を信じ、兄弟を愛しなさいと、イエス様から学んだので、愛の戦争をしたのです。
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月明洞(ウォルミョンドン)は、鄭明析(チョン・ミョンソク)牧師だけのための場所ではありません。月明洞(ウォルミョンドン)は、設立者である鄭明析(チョン・ミョンソク)牧師の故郷でもありますが、テジョンの近くに位置し、全国至る所のCGM(摂理)メンバーたちが集まりやすい位置であるというメリットを活かし、1989年からキリスト教福音宣教会の研修所として開発されました。
月明洞(ウォルミョンドン)は、純粋にメンバーたちが集まって神様に栄光を帰し、メンバーたちが自由に祈り、讃美し、休息するために造った場所で、個人的な目的のために造られた場所ではありません。
鄭明析(チョン・ミョンソク))牧師も教会のように使い、メンバーたちにこのように使うようにと仰いました。ここには鄭明析(チョン・ミョンソク)牧師のお母さんが住んでいる一軒の家の他には、研究所として開発し、誰にでも無料で開放されており、ひたすら神様に栄光を帰す場所として使われています。
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http://cgm.or.kr/
月明洞(ウォルミョンドン)は、純粋にメンバーたちが集まって神様に栄光を帰し、メンバーたちが自由に祈り、讃美し、休息するために造った場所で、個人的な目的のために造られた場所ではありません。
鄭明析(チョン・ミョンソク))牧師も教会のように使い、メンバーたちにこのように使うようにと仰いました。ここには鄭明析(チョン・ミョンソク)牧師のお母さんが住んでいる一軒の家の他には、研究所として開発し、誰にでも無料で開放されており、ひたすら神様に栄光を帰す場所として使われています。
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聖地とは、各宗教で神聖視する場所をたたえる表現です。
プロテスタントやカトリックでは、殉教した場所をたたえて殉教の聖地と表現したりもする等、宗教において聖地は神聖な場所を指すものです。
月明洞(ウォルミョンドン)は、10余年間、鄭明析(チョン・ミョンソク)牧師とメンバーたちが「ひたすら神様」と「命を愛する」という精神で、神様に栄光を帰そうと建立した研修所です。
神様と人間が出会う場所なので、聖なる場所だという意味で、聖地と呼ぶようになりました。
月明洞(ウォルミョンドン)には「自然聖殿」という芝生があります。
一般的に、教会の建物や礼拝の場所を聖殿とも言いますが、同じ目的で自然を利用して造った場所なので「自然聖殿」と呼びます。
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プロテスタントやカトリックでは、殉教した場所をたたえて殉教の聖地と表現したりもする等、宗教において聖地は神聖な場所を指すものです。
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神様と人間が出会う場所なので、聖なる場所だという意味で、聖地と呼ぶようになりました。
月明洞(ウォルミョンドン)には「自然聖殿」という芝生があります。
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